前回の浮上を考えるから、1年も経ってしまいました。

前回の記事は以下より

浮上シリーズの第2回目、今回のテーマは”安全停止“です。

ビギナーのころを思い出してみましょう。
リクリエーションダイビングのルールは、深度39mまでの、頭上が閉ざされていない、つまり水面まで直接浮上できる無減圧リミットの範囲内のダイビングです。

そうです、「無減圧ダイビング」が鉄則でした。
無減圧の最大の理由は、スクーバダイビングではその空気の供給には限度があること、自由に泳ぎ回るスクーバダイビングでは、安定した減圧停止ができないこと、などなどです。
実際にこのリクリエーションダイビングに一定の枠を設けたことで、ポピュラーなスポーツとして大きな広がりを得ました。

ところが、ある時からすべてのダイビングの終りに、一定の停止をすることが推奨され始めます。

おいおい、減圧停止しないのがリクリエーションダイビングのはずです。
しなくてもよい、安全停止という、曖昧な言い訳はあるものの、リクリエーションダイビングの実態は減圧ダイビングに変貌したのです。
しなければならない減圧ダイビングと、しなくてもいいけれど、したほうがよいという安全停止ダイビング、一体どこがちがうのでしょうか。

目次

1.安全停止とはいったいなんだろう

 
 いまや安全停止は常識になっています。1990年代のはじめのころは、用もない減圧停止をするというので、アホ扱いされたこともありました。特に、ダイビングボートの船頭さんにとっては困った慣習でした。 しかし現在では、事実上マストのダイビングテクニックになっています。 ボートには安全停止用のバーや、ラインが用意されているところも少なくありません。
 その一方で、安全停止をしなかったから、それが理由で減圧症になるのではないかと心配するダイバーもいます。さらには、6mに10分、さらに3mに10分の安全停止をしたほうが良いという、専門家もいます。安全停止をしろしろとピーピー、ブーブーと警告をするダイブコンピューターもあります。
  でもこの安全停止というテクニックが、いつ、誰が、どのような理由で、リクリエーションダイビングの世界で取り込まれたのか、あまりはっきりとしないのです。 もともと、しないでよい停止をさせるのですから、それなりの論拠がなくてはおかしいのです。

2.安全停止の根拠は古典的な理論

 現在の減圧理論には大きくいえば、2つの流れがあります。 1つは、人体組織は過剰に溶け込んだ窒素をある程度溶け込んだまま、気泡を形成させず過飽和に耐える力があり、その限界を越すとはじめて気泡が形成される。 これがホルデーン以来の古典的な流れ、「溶解理論」です。

 もう1つの流れは、気泡はすでに存在しており、減圧過程(浮上)での気泡の成長をコントロールしようとするものです。いわゆる「気泡理論」とか「バブルダイナミックス」という考え方です。結果的に浮上のコントロール、水面休息がコンサバになっています。 できるだけ、できている気泡に刺激を与えずに、“そーっ”と浮上しようという考え方です。その代表的な理論がRGBMです。直訳すると、「減圧力勾配気泡モデル」の名のとおり浮上時の周囲圧力との差を小さくし、気泡の成長を避けようとする考え方です。ダイブコンピューターとしてはスントなどが、このアルゴリズムを採用しています。

 ほとんどのコンピューターは前者のホルデーン理論、その修正タイプのネオホルデーン理論をベースにしており、現在多くのダイブコンピューターに採用されているアルゴリズム(計算原理・ビュールマンのZHL-16)等はその典型的なモデルです。ダイバーが浮上することで周囲の圧力が減じ、組織に溶けこんだ不活性ガス(空気ダイビングのときは窒素)の圧力の差が、“ある一定の限界を越すと、それまで溶け込んでいた組織の不活性ガスが、組織から遊離して気泡化し、さまざまな障害を起こす“それが減圧症という考え方です。そしてこの過剰に溶け込んだガスが気泡化する限界ぎりぎりの浅いところまで浮上して、いったん停止し、急速にガスを排出させるのが、溶解理論の減圧停止の考え方です。そのときの浮上できるギリギリの深度をシーリング(天井)とも言います。ここで停止している間にガスの圧力を下げて、次のシーリングに向かうのを繰り返すのが段階減圧です。

私たちのリクリエーションダイビングでは無減圧ダイビングがルールですが、正しくは浮上の途中で減圧停止をしないダイビングというべきで、実際には水面に戻って長い減圧停止をしているダイビングです。次のダイビングが控えているときは、この水面での減圧停止が水面休息です。
ほとんどのダイブテーブル、そしてその発展型であるダイブコンピューターは、このホルデーン以来の溶解理論がベースになっています。減圧停止が必要なときには、ぎりぎりの浅い深度まで浮上して停止するのでシャローストップとも言われます。
  なぜ限界ギリギリの浅いところまで、浮上してガスを排出させるのか、ややリスキーに思えますが、周囲の圧力と組織に溶けこんだガスの圧力差が大きいほど、ガスの排出スピードが促進されるというのがもう1つの大きな考え方です。
  

3.安全停止とシャロ―ストップ

今回の話は安全停止です。特に浅いところでの停止、シャローストップですが、最近ではさらに最大深度の半分の深度でのディープストップを提唱するグループがあります。 他にもテックダイビング系のダイバーの中には、本来の減圧停止点に浮上するまでに、細かい減圧停止を繰り返す人たちがいます。いわば減圧停止ダイビングの安全停止です。さらに言えば、安全停止を繰り返す浮上です。
  しかし今日は、古典的な考えから見た安全停止に限定して話を進めましょう。気泡はもともと体内に存在するとする気泡理論や、複数回のディープストップを繰り返すテックダイビングなどからすれば、ダイビングの最後に停止してガスの圧力を下げるというのはまるで正反対の考え方なので、ここではいわゆる溶解理論をもとに安全停止の話を絞りたいと思います。

4.安全停止の定義

 ここで、安全停止の定義をしておきましょう。この安全停止という考え方は、少なくとも、アメリカ海軍のダイビングマニュアルになかった考え方です。どちらかという、リクリエーションダイビングの世界の用語で提唱された考え方とも言えそうです。 

  ここでは安全停止を必要としないダイビングで、減圧症のリスクを減らすために、“5mで3~5分 事前注意的=予防的な短時間の停止をする”ということにしておきます。 といっても、5mで3~5分の停止というのは、現在の標準的な推奨テクニックであって、必ずしも厳格なものではないのです。 というのは、初期には深度も停止時間も、えらくバラバラだったのです。
 

5.安全停止の起源はよくわかっていない

1980年代後半から、SAFEキャンペーン、Slow Ascent From Every Dive (すべての浮上をゆっくりしよう)という提案が指導団体等からなされます。これはまず浮上スピードを遅くしようというキャンペーンでした。当時は、U.S.NAVY系のダイブテーブルを使っている団体がほとんどだったので、その浮上速度18m/分をさらにゆっくりと浮上しましょうという、どちらかというと精神論的、警告的キャンペーンでした。
では一体いつごろから、安全停止という用語が使われ始めたのか?つまり安全停止というダイビングテクニックが提唱され始めたのかは定かではありません。1990年前後にはプレコーショナルストップ=事前注意的停止なんて言葉が散見しますが、1994年頃にはいつの間にか、安全停止という用語が使われています。NAUI のテキストには1991年頃にはあるようです。
 
 ダイビングの世界は基本的には、“赤信号みんなで渡れば怖くない”主義ですから、何らかのワークショップやカンフェランスでの合意を求めるのが普通なのですが、なぜかこれに類するものが見つからないのです。 少なくともPADIが始めた、あるいはNAUIが提唱したというようなことではないようです。

6.安全停止の生まれた背景

 1980年代から1990年代にかけて、ベビーブーマーなどにより爆発的にスクーバ人口が増加します。 同時にダイビングというレジャーがツアービジネスと結びつき、連日の反復ダイブ、往復の飛行機搭乗といったダイバーの行動パターンは、ダイブテーブルが想定していた、軍隊やコマーシャルダイビングとは外れたものになっていきます。1990年代初めにはアメリカ地域のダイバー人口は、推定で350~400万といわれるようになります。つまりこのエリアだけで、平均1年に10ダイブとして、3~4,000万ダイブのリクリエーションダイビングが行なわれることになります。 このように空気ダイビングの圧倒的多数を、リクリエーションダイビングが占めるようになると、 当然「深くて、短時間」という、スクーバダイビングの性格に起因する減圧障害が多くなってきます。
  つまり、窒素の吸収/排出の早い組織の減圧症が起きやすくなり、いわゆるタイプⅡの脊髄神経系の減圧症です。脊髄神経系はガスの吸排出の早い組織とされています。DAN はスポーツダイバーの減圧症の65%近くが、脊髄神経系のタイプⅡの減圧症と発表しています。

7.ダイブテーブル ・ ダイブコンピューター

 アメリカ海軍のワークマンのダイブテーブル(1966年)やビュールマンのテーブル(1983年)も、基本的に、作業潜水を想定して作られています。いわゆる浅くて長いダイビングです。そのためハーフタイムもどんどん長くなり、最後には635分なんて、ハーフタイムも守備範囲になります。この時代おもに想定していたのは、典型的な症状が関節の痛みなど代表されるタイプⅠの減圧症でした。減圧症が体を折るほど痛いというので、ベンズと呼ばれるのもこれが理由です。
 様々なモデルのダイブテーブルが各国で開発されますが、その多くは、海底油田の開発や建設作業など、非常に長い水中での作業時間を想定して作られています。30mの深さに20分なんて、せせこましいリクリエーションダイビングは想定されていません。唯一の例外はPADIの子会社のDSATが開発し、リクリエーションダイバーを想定した、リクリエーションダイブプラナーです。いわば早い組織に重点をいたダイブテーブルです。

  ほとんどのダイブテーブルは、非常に長いハーフタイムまで設定されていますが、これは基本的に遅い組織の減圧症、非常に長いダイビングを想定範囲に含んでいるだけで、リクリエーションダイバーには、現実的な利点はそれほどありません。そのためリクリエーションダイバーのプロファイルに合わせて、ハーフタイムコンパーメントを大幅に整理したものもあります。 
PADIのリクリエーションダイブプラナーや、日本の高圧則が標準的な減圧モデルとして推奨しているビュールマンのZHL-16なども、ダイブコンピューター用のモデルとして、16ハーフタイムコンパートメントから8ハーフタイムコンパートメントに整理したモデルZHL-8ADTを発表しています。
 リクリエーションダイバーにとって、極端に遅い組織まで計算する最大のメリットは、まず連日の反復潜水の計算、あるいは、高所移動、飛行機搭乗といった、遅いコンパートメントの影響を評価するためであり、コンパートメントが多ければ良いという訳ではありません。

リクリエーションダイビングの早い組織の減圧症が増えた結果、どうやって対処しようかということが問題になります。深いダイビングが特徴のスクーバダイビングでは、早い組織はすぐにガスで満杯になってしまいます。そしてこの深いダイビングをコントロールしている早い組織・浮上スピードが、オーバーフローし、これがスポーツダイビングのタイプⅡの減圧症に影響していると考えられるようになりました。そこで、この相対的に「早すぎる浮上をどうコントロールするか」の1つの解決策がSAFEキャンペーンでした。

8.早過ぎる浮上と、さまざまな浮上スピード

  ダイバーが一定のスピードで浮上するということは、浮上途中の圧力変化が相対的に大きい浅場では、ガスの吸収排出が早く、圧力の変化が相対的に小さい、深場では遅いことになります。 ということは、本来浮上は深いところでは早くてもよく、浅いところではスピードを遅くするというのが、理にかなっています。
 しかしながら、スクーバダイバーが浮上スピードを変えながら浮上するのは、非常に難しいので、浮上は一定スピード(リニア=直線的)に設定されています。 現実的に、リクリエーションダイビングではリニア浮上で減圧症が起きていることになります。 現在のダイブコンピューターを使ったマルチレベルダイビングは、浮上することで新たなダイビング可能時間を生み出すので、浮上定義が非常にあいまいなものなりました。そこで、限界を越えた過飽和を、浮上の途中でどう解決するか?つまり早すぎる浮上をどうするかが問題になってきました。

コンピューターの取り扱い説明書で、“正しい浮上スピードを守ってください”と書いてありますが、正しい浮上スピードというのは、一種の仮想的概念であり、そのようなものがあれば、誰も減圧症にはかかりません。100歩譲っても、ダイブテーブル、ダイブコンピューターのアルゴリズムの有効性を確認する実験時に、そのスピードに統一したにすぎません。つまり他の浮上スピードでは、“その影響は分かりません”ということです。

 ホルデーンは100年以上昔、1.5-9m/分で実験をしました。1930年代の米海軍は浮上スピード7.5m/分を、1950年代に有名な歴史的妥協といわれる18m/分を採用し、1993年まで実証的裏づけのないままこれを使用します。英国海軍RNPLとカナダのDCIEMは15m/分、最も多くのコンピューターが採用しているビュールマンの減圧表は10m/分など様々な浮上スピードが存在します。いずれもダイブテーブルを開発、許容圧力を決定時の実験のパラメーターです。

9.浮上スピードは違うのに、ノーストップタイムは『ほとんど同じ』という怪

代表的な溶解モデルのダイブテーブルは、アメリカ海軍のUSNAVYテーブルを初めとして、多くのコンピューターに採用されているビュールマン、NAVYテーブルの孫的存在の、PADIのリクリエーションダイブプラナー=RDP、ハミルトンのDCAPといった溶解モデルのダイブテーブルがあります。これらのテーブルの5分、10分、40分といったコンパートメントのM値を比べると、あまり大きな差はありません。M値が決まれば、実際に無減圧リミットは決まってしまうので、ノーストップタイムも大きくは違わないのです。ということは、浮上スピードはノーストップタイムを決める大きな要因でないことになります。もちろん、浮上が早過ぎれば組織のガス圧力と周囲の圧力の差が大きくなるというリスクはあります。
 

10.ギリギリのダイビングをしないことの意味

 
減圧症のリスクを小さくする為、できるだけガスの吸収を減らし、無減圧リミットギリギリのダイビングをしないという提案が常になされます。無減圧リミットを27m/30分のダイブを5分カット、10分カットして安全率を高め、控えめなダイビングをしようという考え方です。しかし27m/30分のダイビングから10分を差し引くのは、ダイバーにとっては大変な努力ですが、それぐらいカットしても窒素の吸収レベルはそれほど変わらないのです。理屈は簡単です。例えば5分コンパートメント組織は5分×6回=30分でその深度圧で飽和します。10分組織は60分で飽和します。NAVYテーブルでは27mのノーストップタイムは30分ですが、27mをリードする5分コンパートメント約30分で飽和するわけですが、そのうちの半分の15分で、窒素の限界圧力の約90%近くに達してしまいます。つまり少々のノーストップタイムを削っても、早い組織の飽和度は下がらないわけです。

また最近、リードコンパートメントの圧力を80%以下にすれば、減圧症の安全率が高まる、といった研究が発表されていました。しかし80%以下にするには、大幅にノーストップタイムをカットするしかありません。これは言うのは易く、実現は大変面倒です。窒素を溜める側でコントロールするのは非常に難しいということは、想像できますね。そこで、できることは溜まってしまったガスの後始末ということになります。

すぐに満杯になってしまう組織をオーバーフローさせないためには、ゆっくり浮上ということになるのですが、 18m/分を9m/分に遅らせても、時間的にはわずか1分です。 しかも深いところでの圧力変化は相対的に小さいので、深場でのスローアセントは効果が小さいことになります。浅いところでの周囲の圧力と大きな圧力差をつけて排出させるというのが、溶解理論のもともとの考え方です。
 

11.安全停止の最初の実験

 1960年代の終わりに、メリル・スペンサーという生理学者が、超音波を使って、ダイビング後のダイバーの気泡の検知に成功します。 血中を流れる気泡の音を聴いたわけです。そして無減圧ダイビングの範囲内のダイビングでも、 症状を起さない気泡 = サイレントバブルが存在することを発見します。それまでの「過飽和の限界を越えると気泡が発生し、減圧症を起す」という理論の大前提がひっくり返ります。 気泡によるグレイゾーンが途方もなく広がってしまったことになります。 そして、ダイビングによる気泡を捜す実験が、そこら中で始まるのです。

  1975年南カルフォルニア大学のロスアンジェルス沖にある、セント・カタリナ諸島のカタリナ・チャンバーという実験施設で、アンドリュー・ピルマニス先生が、この超音波検知器で、安全停止の実験を行ないました。
 30m/25分というNAVYのノーストップタイムのダイビングで、予備的な停止をしたグループと、停止せずに浮上したグループとの気泡の数を超音波で比較しました。
 その実験内容は、アメリカ海軍の30m/25分の無減圧リミットのダイビングを、①ノーストップで浮上 ②3m/2分の停止 ③6m/1分停止と3m/4分の2回の停止。この3つの浮上方法のグループの気泡数を、浮上後15分ごとに、ドプラー気泡検知器でモニターしたのです。
その結果は、驚くほど歴然としていました。 水面へのノーストップ浮上に較べて、②グループの3m/2分の停止だけで気泡=サイレントバブルの数が1/5まで激減します。さらに③グループの6m/1分と3m/4分の2回の合計5分の停止浮上では、 事実上ほとんど気泡が検知できないほど減っていたとされます。
   そして直接浮上したグループは浮上後90分経っても、かなりの気泡が検知されました。その一方、 6m1分、3m4分の2回の減圧停止をした場合、気泡が非常に低レベルで、しかも45分後にはほとんど検知できなくなっていたのです。全体として短時間の予防的な減圧停止が気泡を早く消すと観察されたのです。
  数の少ない実験でしたが、この結果から安全停止の利点は明らかでした。とくに反復ダイブを行うダイバーにとって、この結果はさらに重要です。 第1グループのダイバーが、水面休息90分後に反復ダイブをしようすると、体内に大量の気泡が残っています。一方6mと3mとで予備的な停止をしたグループは、わずか45分の水面休息で、サイレントバブルはゼロにまで減っています。
  もう1つこの実験で重要な発見がありました。 気泡の形成は浮上後、少し時間が経ってからピークになり、それもいくつかのピークがあることが分かったのです。 注意しなくてはいけないのは、浮上後のいくつかのモニターポイントで、気泡の数が減少せずに、むしろ増加していることです。第1、第2グループは、浮上後15分が、浮上直後よりも高くなっていました。第3グループは、15分から30分にかけてわずかに増加していました。これ等の実験結果は気泡の形成と成長は、浮上後すぐに起きるのではなく、“圧力が下がった後”ある程度、時間が経って生じることを示しています。
  ピルマニスの実験ではいくつもの重要な発見があったにも関わらず、このころのリクリエーションダイビングは、40m以内の無減圧ダイビングというルールが、自然発生的にできたばかり、途中で停止しないダイビングをすることが絶対条件になった頃です。また浮上の途中で停止しようにも、現在と違ってBCDなどがない当時は、浅いところでの浮力コントロールが難しかったのです。 結局、浅いところでの、この予備的なストップは、ダイビングの標準的なテクニックには結びつかず、1990年代初めに、リクリエーションダイビングに特徴的な、タイプⅡの減圧症が多くなり、早い組織のコントロール対策として、安全停止が提唱されるまで20年近くを要することになります。

12.安全停止の効果とは

  DANによれば、リクリエーションダイバーの減圧症の65%近くを脊髄神経系の減圧症が占めているといわれます。脊髄組織は、10~20分あたりの比較的ガスの吸収と排出の早い組織のハーフタイムといわれます。 5分組織は30分で、10分組織は60分で、20分ハーフタイム組織は120分でその深度の圧力と平衡します。
 早い組織は早く窒素を吸収するので、短時間で組織のガスの圧力は限界に達します、この満杯になった組織は、浮上が早い(周囲圧力の下がり方が大きい)と、周囲の圧力と圧力レベルの差が大きくなり過ぎて気泡が形成されます。そして、その浮上が早いほどリスクが高まることになります。
 実際にDAN ヨーロッパの会長アレッサンドロ・マローニ博士が、イタリアのダイバー1,418のケースを検証して、早い組織の過飽和が気泡の形成に関係しており、リクリエーションダイバーの減圧症と関係すると結論づけています。
 先ほど述べられましたが、“窒素の吸収をM値の80%に抑えろ”という意見があります。 現実にはノーストップタイムを半分以下に削らないと、80%以下になりません。 27m/30分のダイビングで10分短縮しても、すでに93%になっているのです。要するに加圧の段階では、安全マージンは現実に生み出せないのです。ここで、スクーバダイビングの早すぎる浮上が加わると、早い組織の減圧症が増えるのは理屈の上では当然です。

 ではどうするか。浮上スピードをコントロールするのは、スクーバダイバーには困難です。では、途中が難しければ排出効果のよいところで、予防的にいったん停止しようという考え方が生まれます。やっと安全停止にたどりつきました。

13.なぜ5mで3~5分なのか?

  これは現在のように15フィート、メートル法の国では5mで3~5分といった、決まったものではなく、最初は典型的な最終減圧停止深度、3mで考えられたようです。“ようです”というのは、現在の5mで3~5分という標準的なルールになる経緯について、ほとんど具体的な資料が見つからないのです。実際には現在では3~6m/10~20フィート、さらにはその中をとって15フィート、メートル法では5mになっています。
 3mより深い5mになったのは、水面直下では浮力の調整が難しく、少しでも深いほうが容易だからとも言われています。 何mで停止しろと言われるのはスクーバダイバーにとっては難題ですが、もともと大きなM値をもつ早い組織にとっては、 3mでも6mでも組織と周囲の圧力差は十分に大きく、少々の停止深度の違いはあまり問題にはならないということです。言い方を変えれば、たっぷり溜め込んだ組織からすれば、 適当な深度で停止すれば、それで十分な排出効果が得られるということです。 必死になって50㎝上がった、下がった、停止点をどこにあわせるなんて、熱心に論じておられる人がいますが、早い組織のための安全停止ではあまり関係のないことです。

14.安全停止の限界

  停止深度の面でも、停止時間の面でも、リクリエーションダイビングの基本的に「深くて短時間」のダイビングには、安全停止は有効だということが大前提になります。その反面、「浅くて長い」ダイビングをした場合は、効果が小さいということになります。このようなダイブは、遅い組織がリードしますが、5m前後の停止点での周囲圧力と組織の圧力との間に、圧力差が得られないこと、遅い組織の排出スピードはもともと遅いので3~5分といったレベルの停止時間では、ほとんど排出効果が得られないことになります。
 私たちリクリエーションダイバーのダイビングの行動範囲が十分に深いことを認識しておく必要があります。そのため窒素の吸収の最大のファクターは時間よりも窒素の圧力、つまり深度になります。安全停止が考える効果は、あくまでも深くて短いダイビングです。 そして早い組織の窒素の排出は短時間でも効果があります。その反面あまり長く停止しても、効果が向上するわけではないことになります。これが安全停止は3~5分という、比較的短時間な理由です。

15.検証データが少ない安全停止

  安全停止という名の減圧停止がダイビングの常識になってから、既に20年以上になりますが、安全停止をしたことによって、減圧症発症率が下がったといった具体的なデータはあまりないのです。最もこのようなデータを集めるには、実際に膨大なサンプルが必要です。ましてやダイブコンピューターダイビングの時代で、一体どこからが浮上なのかが分からないダイビングをする時代には、その検証は非常に難しいことが想像できるでしょう。
 ダイブコンピューターの普及があり、その浮上のリスクが論じられるようになると、全体としてM値は削られる一方で、ノーストップタイムは短くなり、リクリエーションダイビングはどんどん窮屈になっていきます。それでも、“減圧症の発症率はさほど下がっていない”といわれています。
  コンピューターダイビングは、マルチレベルダイビングを可能にしましたが、同時にそのダイビングをコントロールする組織が入れ替わり、それぞれの組織を満杯にするまでダイビング時間を延長させるので、当然、遅い組織と早い組織両方に窒素の分布領域が広がります。ダイブコンピューターダイビングは安全へのクリアランスからすれば、決して理想とはいえません。排出の遅い組織の窒素圧力が相対的に高くなり、長い水面休息時間が必要になります。

16.シャローストップにディープストップを追加

  2000年ごろから、安全停止つまりシャローストップだけでは、不十分だという考え方が提唱されるようになります。 ディープダイビングをしたときには、シャローストップだけでは、遅すぎ、短すぎるという考え方です。
 2002年に当時のPADIヨーロッパの会長、アレッサンドロ・マローニ博士らのグループが、25m/25分の無減圧ダイブを、3つの浮上スピード3m/分、10m /分、18m /分と、ノンストップ浮上、6mの安全停止5分、15mと6mでそれぞれ5分の安全停止を組み合わせた実験をします。浮上スピードと安全停止の関係、そして更に、ディープストップを追加する実験です。
 深度の約半分の深さで、安全停止を追加すると気泡の検知数が減少するかという実験です。
15人のダイバーを使った25m/25分の181ダイブの実験結果です。その結果は、6mと15m停止(シャローストップとディープストップ)両方を行ったグループの気泡検知数が最も少なかったのです。
更に、シャロ―ストップとディープストップをしたグループとシャロ―ストップだけをしたグループはそれぞれ、違う浮上ススピードを与えられて実験がなされました。そしてシャロ―ストップとディープストップの両方のストップを行ったグループの、もっとも気泡が少なかった浮上スピードは10m/分で、次が3m/分、もっとも多かったのは、18m/分でした。浮上スピードの早いグループに気泡が多く検知されるのは予想がつきますが、驚くことにもっとも遅い浮上スピードが、必ずしも良いというわけではなかったのです。
  次にディープストップの効果的な時間が実験され、15mに2.5分の停止がもっとも効果的で、それより長くても短くても、気泡が多かったとされています。
  このアレッサンドロ・マローニ博士らの実験の結論として、『シャロ―ストップに15mに2.5分のディープストップを追加すること』を推奨しています。
 この論文は2004年水中高圧医学会の機関紙で発表されたものです。また一般ダイバー向けのテキストとしては、DANのホームページで、DEEP STOPで検索すると、分かりやすく書かれたものが、ヒットします。 

 しかし、浅いところの停止が、早い組織の気泡の形成を防ぐ効果は分かるのですが、 ディープストップとシャローストップを組み合わせると、なぜ気泡の形成が減るのかは、理論的にはあまり分かっていないのです。あくまでも限られた実験結果に過ぎず、この実験結果に専門家の異論もあるようです。浅いところでの段階減圧と比べて、なぜ効果があるのか、私たちのような素人には、これからの説明を待つ必要があるように思います。

 実際に この25m/25分の実験ダイブで10m/分の浮上スピードで、本来の浮上の所要時間は2.5分ですが、この浮上時間にディープストップに5分、シャロ―ストップに5分の2回の安全停止を加えると、合計12.5分かかることになります。果たして、25m/25分のダイビングに その半分を浮上にかけるのが、現実的なダイビングテクニックと言えるのかどうかと思われます。 リクリエーションダイビングに、これほどの予防策が必要だとすると、本来のリクリエーションダイビングの、ノーストップダイビングという、大前提はどこかに吹き飛んでいます。

17.これからどうなる安全停止

 もちろん、この実験はノーストップリミットの内側で、おこなわれています。その意味では、シャロ―ストップ、さらにディープストップをしなければ、減圧症のリスクが高まると言っているわけではありませんが、なんとなく将来のリクリエーションダイビングに影響をしてくるような感じがあります。 全体として、リクリエーションダイビングがますますコンサバティブになっていきそうです。
 すでに短時間のディープストップを推奨する団体もあるようです。またディープストップをダイブコンピューターに組み込むことを考えているメーカーもあると聞きます。 
 ダイビング人口が大きくなると、体調とか減圧症にかかりやすくするファクターは増える一方でした。そのような可変的なリスク要因に対応するために、ダイブテーブルは、様々な制限ルールが設けられています。その理由は、実験で証明されていないことは、すべて制限するしかないからです。面倒ではあるものの、そのおかげで、リスクへのクリアランスが生まれ、それなりの成果が得られたと言われています。当然、ダイブテーブルの拡大版であるダイブコンピューターも分かっていないルールを取り込むことはできません。
安全停止も同じです、判断基準をどこに置くかで違ってきます。それほど早い組織の減圧症が問題なのであれば、安全停止といったいわば、ファジーな手段ではなく、早い組織の限界圧力を大きく削り、深いダイビングを強く制限するのが方法かもしれません。そうすれば安全停止をしないですむかもしれません。
あるいは安全停止という名の予防的な減圧停止が現実のルールとなっていることを考えれば、減圧症を防ぐには、リクリエーションダイビングも細かな減圧停止を前提にするダイビングが提唱されるかもしれません。

執筆:唐澤 嘉昭
編集:山内 まゆ

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