【達人に聴く】JCUE with 鈴木 信哉

『私たちJCUEは、ダイビングの安全や環境教育に取り組み、NPOとしての活動が15年を超えました。
そこでダイビング業界に輝かしい功績を残し、現在もまだまだたくさんのチャレンジをされている先輩方のお話を、インタビューでお伺いする企画をスタートしました。
第3回は、 亀田総合病院の鈴木信哉先生をお招きし、山中会長と野澤理事がお話を伺いました。

鈴木信哉先生は、海上自衛隊で25年以上にわたり、潜水医学の研究、教育、臨床に携わっていらっしゃいました。安全な潜水を普及させ、適切な潜水事故対応や健康管理を目指して、潜水医学の専門医として、また、その育成にも取り組んでいらっしゃいます。

鈴木信哉先生との対談を、お楽しみください。

目次

【プロフィール】

1986年6月、海上自衛隊 潜水医学実験隊 兼 海上自衛隊横須賀地区病院
1991年8月、海上自衛隊 潜水医学実験隊
2000年3月、防衛庁 海上幕僚監部 衛生企画室
2001年7月、ベルゲン大学 客員研究員
2003年8月、自衛隊舞鶴病院 副院長
2004年3月、自衛隊舞鶴病院 院長
2005年4月、防衛医科大学校 防衛医学研究センター 異常環境衛生研究部門 教授
2010年12月、自衛隊中央病院 呼吸器内科
2011年3月、自衛隊中央病院 臨床医学教育・研究部長
2015年4月、亀田総合病院 救命救急科部長・高気圧酸素治療室 室長として着任

鈴木 信哉(すずき しんや)先生と対談 JCUE会長 山中 康司・野澤 徹

山中 康司
きょうは、お時間を作っていただきまして、ありがとうございます。
我が国の潜水医学の一端やダイバーに対する注意などをお話ししていただければと思っています。

鈴木 信哉 先生
はい、わかりました。

野澤 徹
以前、ダイビングを教えた人が、飛行機に乗ったらしびれが出てきたと連絡が入ったことがあります。太っている人だったんですが。電話がかかってきて。水深の浅いところでの講習だったので、他の原因があるかもしれないから、きちんと調べてくださいと話したんですが・・。

鈴木 信哉 先生
元々持っている疾患や状態によっては、減圧症以外でも症状が出ることがありますね。診察や検査を受けて減圧症であるかどうか、とにかく診てもらうことが大事ですね。
減圧症の場合は水深何メートルでどのくらい潜っていてという、プロフィールを聞けばわかりますが、慌てて再圧治療施設を探すというより、しっかり診て頂ける所が必要ですね。

野澤 徹
関東では、西村周さんが伊豆でシステムを作っていて、ドクターとインストラクターがFace to Faceで話ができるシステムがあります。小田原セミナーなどの活動をしています。

鈴木 信哉 先生
ダイバーがドクターに相談することは大事です。自己診断はしない方が良いですね。

野澤 徹
では、本題に入りたいと思いますが、
初めに、医療費改定の話題から、チャンバーの今後についてお話しをお聞きしたいのですが、よろしくお願いします。
高圧タンクに関する医療費が変わったとお聞きしていますが・・。

鈴木 信哉 先生
はい、診療報酬がかわりまして、本来のあるべき姿が戻ってきたと思います。

野澤 徹
医療費がどのように変わったんですか。

鈴木 信哉 先生
今まで減圧症に対して5時間かかる再圧治療というのは、病院では大変な負担なのですが、発症後1週間以内であれば6万円の治療費ですが、一週間後になると2千円の治療となっていました。それで発症したダイバーが、一週間経つのを待ってから受診ということもありましたね。発症後、時間が経つほど治療効果はなくなっていくので、弊害になっていたと思います。これからは、発症後の時間経過に関わらず、一律5万円になります。自分が負担するのは、1万5千円となります。本来あるべき診療報酬(点数1点が10円)になったということです。
点数が変わって、適応疾患ごとの調整があり、治療回数の制限が設けられています。症例によっては、回数が増えるものがあるため、再改定の必要性が出てくると思いますよ。

野澤 徹
改定によって、高圧酸素タンク治療が減っていくのでしょうか。

鈴木 信哉 先生
それは、大丈夫です。
5時間までの再圧治療は5000点ですが、5時間より長い治療が必要になって7時間となることもあり、その場合、時間割加算が認められるようになりました。治療が30分増すごとに500点の時間割加算となり、8000点まで加算されます。保険診療として、正常に戻りつつあり、治療時間の延長は病院運営上の圧迫にはならないと思います。

野澤 徹
海外で、診療を受けるとなると大変ですよね。

鈴木 信哉 先生
そうですね。フィリピンなどでは、再圧治療は1時間10万円と聞いたことがあります。通常の5時間治療となると50万円となります。状態が落ち着いて日本に帰ってくるまでに300万円から400万円かかるということもよくあります。

野澤 徹
治療が始まる前の作動準備時間も計算されるのですか。

鈴木 信哉 先生
実質上の治療時間で計算されます。

野澤 徹
タンクがなくならないというのは、安心材料になるのでしょうね。

鈴木 信哉 先生
今まで5時間かかる治療は、人件費や維持費を考慮に入れると、病院側としては大きなマイナスでしたから、減圧症が5000点と認められたので、今後、今まで扱っていなかった病院でも扱ってくれるようになればと思います。

野澤 徹
先生が学会でおっしゃっている、一人用の1種と、多人数用の2種の連携は、医学界(会)的には、どんな感じで今後はすすむのでしょうか。

鈴木 信哉 先生
一昨年の日本高気圧環境・潜水医学会総会シンポジウムまでは、2種を使わなければいけないという理由が、上手く浸透していませんでした。2種を使うには、それなりの理由があって、気胸をおこしているなど、合併症やリスクのある方に使用するということです。
急浮上して、空気塞栓症を起こしている方の場合、気胸を併発していることがあります。一人しか入れない1種装置の場合、気胸を起こしている肺側の胸腔に一方向弁付きのドレーンを挿入して再圧治療ができないことはないですが、リスク管理を考えると、医療従事者が、一緒に入って診ることができる2種装置のほうが良い。血圧低下など、最悪のことを考えると、2種が推奨される。もちろん酸素中毒もおきますし、1種では対応が難しく、2種の方が理想的だということで、学会では推奨されていました。

野澤 徹
そうなんですね。

鈴木 信哉 先生
一人用の1種は、使えないのかというと、そうではありません。状態が安定していて、点滴も必要ない方は使うことができます。狭くて閉ざされたところが苦手という方がいると思いますが、装置自体がアクリル製のチャンバーで、開放的なものもあります。そこで5時間の治療となると、人によっては苦痛な方もいますが、できない治療ではありません。2種装置が使えない時に1種装置を応急的に使うと使い勝手の良いものになります。
急性期の減圧症を治療することにより、早いうちに安定化させることができます。早期であれば5時間の治療は必要なく、2時間半の治療で対応できることが多くなります。

野澤 徹
酸素を吸い続けるということですね。

鈴木 信哉 先生
そうです。できるだけ早期の酸素による再圧治療が有効であり、酸素中毒を抑えるためのエアーブレイクができない1種装置でも緊急の対応が可能ということです。エアーブレイクができない装置では、2.8気圧まで上げて、30分治療した後、30分かけて減圧します。その間、酸素を吸い続けます。酸素中毒のリスクを考慮することが必要ですが、2.8まで上げずに、2.4でも対応できることがあります。その後、ゆっくり減圧して1.9気圧で治療し、全体で2時間半の治療となります。
安定化させた後にしっかりした治療目的に2種装置がある施設へ移送していただくこともできるわけです。早く治療すればするほど、よくなります。
発症してできるだけ早く治療するのは大原則ですから、障害が残る確率も減りますし、一回の治療で、よくなることもあります。

野澤 徹
2.8というのが、わりと良いというのが、文献でも読んでいるのですが、2.8というのは、なぜ良いのですか。閾値(しきいち:threshold)があると思いますが。

鈴木 信哉 先生
治療結果としては、2.8が理想なんですよ。
オキシゲン・ウインドウ(酸素の窓)の話になりますが、人は酸素が消費されて二酸化炭素に変換された分だけガスの圧力格差、すなわちオキシゲン・ウインドウを作ることができるんです。
酸素分圧が高ければ高いほど圧力格差はできますが、3気圧が限界となります。これは、体で生理的に消費される酸素の量に依存するためなのです。

野澤 徹
高ければよいということではないんですね。

鈴木 信哉 先生
およそ3気圧以上の酸素になると消費されない酸素が残るようになり、酸素中毒のリスクだけが高くなり、オキシゲン・ウインドウが広がらない。それで、3気圧よりも若干低めの2.8が使われているのです。

野澤 徹
Life without blood(血液不要で生命が維持できる)レベルまでいけばよいのですか。

鈴木 信哉 先生
そうです。疫学的にも、1960年代に、空気再圧治療から酸素高圧治療に変えられた経緯があるのですが、その時に効果的な酸素分圧と時間について研究されました。
統計的な処理を加えて、どれが最適か検討されて、必要最小限の治療テーブルが導き出され、治療圧として2.8で30分の保圧が必要で、その後ゆっくり減圧することが適切であるとわかったのです。

野澤 徹
2より2.8がよいのですね。

鈴木 信哉 先生
ダートフォードトンネル・クライテリアといった治療基準ができたんです。
それまでは、空気再圧治療が治療法でした。ダートフォードトンネルという、イギリスの建設現場で軽症と重症の減圧症が出たのですが、その時に試した治療法が検討されて治療原則が出てきたのです。
再圧治療としてむやみに圧力を上げるよりも、適度に圧力を上げて治療した後、ゆっくり減圧する治療が有効であることがわかったのです。そこに治療に有利な酸素を使う方法をプラスして、2.8で30分の酸素治療後にゆっくり減圧していく方法が必要最小限の治療表として導き出され、これを1.5倍してテーブル5(治療表5:5表)、そして3倍して、テーブル6(治療表6:6表)とされました。最低限の基本単位は、2.8で30分なんです。
実際の臨床では、手足の痛みだけで発症後間もない場合はテーブル5、神経症状が出ている重症の場合はテーブル6というように、治療前につかう治療法を決めますが、治療中に症状によっては治療表が変わります。
これらの治療法を適応することによって飛躍的に治療成績が良くなったんです。

野澤 徹
ダイバーの人には、6表というのがいいらしいという噂が広がっていますよね。

鈴木 信哉 先生
確かに6表はよく効きます。しかし治療時間が5時間近くとなり長いんです。一方、5表は治療時間が2時間半足らずです。5表が軽症の減圧症の人にと話しましたが、発症間もない場合は、5表でもよく効きます。発症後時間が経ってしまうと治療効果が弱まり、5表で対応できなくなり、6表になってしまうのです。一人用の高気圧酸素治療装置は種類があり、5表を実行できないものもありますが、酸素中毒を抑えるためのエアブレイクができない、酸素だけの治療でも悪くない成績が出ています。

野澤 徹
気泡がなくなるためには、2.8が大事だとわかりました。高気圧酸素自体は、肉芽(にくげ)形成とか、殺菌作用があるというとお聞きしているんですが、亡くなった方の脳に空気の泡があるのを元 医科歯科大学の眞野教授に見せて頂いたことがありますが、基本的には生きている人は、泡は消えてしまいますよね。
高気圧酸素治療には、肉芽形成とか殺菌作用があるという理解で良いのですか。
また、後になっても高気圧酸素治療が、効果があるというのはどういうことなんですか。

鈴木 信哉 先生
高気圧酸素治療をすると気泡消失促進のほかに傷の治りが早くなったり、抗菌薬が効きやすくなり感染症を抑えやすくするなど、様々な効果が期待できます。そのひとつに炎症を抑えるという重要な作用があります。潜水では、気泡が病態をつくる最初の病因となりますが、気泡が体の中に存在することが引き金になって、細胞に障害が起きるようになるのです。気泡は体にとっては異物であり血管の中を通りますから、血管の一番内側の細胞に刺激を与えます。その刺激により、マイクロ・パーチクルという微粒子が出てくるんですが、血液中の白血球、特に好中球といわれるものに影響を与えてしまいます。好中球の動きが変わり、血管の内側の細胞に接着して、その好中球の中にある顆粒が放出されます。その顆粒は細菌などをやっつける作用があるものなので、その場所には強い炎症が起こるんです。

野澤 徹
敵をやっつける粒子があるんですね。

鈴木 信哉 先生
もう気泡が通過して存在しないのに、白血球が付着して炎症だけがおきるという場合があります。それがいろいろな神経障害などの症状となるわけです。ですから、気泡が存在しないある程度時間がたった後でも症状が出てくるんです。
もちろん気泡の量が多くて、血管に詰まってしまった場合には、即時に意識がなくなります。
そんな場合でも、気泡が血管を通り過ぎて血流が再開すると意識が戻り、何もなかったかのようになることがあります。しかし、血管内を空気が通ったという刺激により、マイクロ・パーチクルが出てきて、白血球に影響を与えて炎症が起こり、再び意識障害になることがあるんです。そのマイクロ・パーチクルは、1時間後には出ているとの実験結果も報告されています。

野澤 徹
虚血再灌流障害(きょけつさいかんりゅうしょうがい)と同じですか。

鈴木 信哉 先生
そうです。空気が血管内を通った1時間後にはマイクロ・パーチクルが出て白血球が接着して、症状が出てきますので、それに対処する治療が必要となるわけです。
高気圧酸素治療は、マイクロ・パーチクルが関連した好中球による炎症を抑えることができるんです。これは、1990年代から研究されていて、私が最初に文献で知ったのは、一酸化炭素中毒の治療で、なぜ高気圧酸素治療が効くかということでした。高濃度の一酸化炭素は、炎症を起こしますが、その炎症も同様の機序で好中球が関わってくるものであり、高気圧酸素治療は、好中球の遊走・接着に関与するマイクロ・パーチクルの一つであるβ2インテグリンの発現を抑えるのです。
普通の1気圧純酸素では効果はないですが、2気圧の酸素だとある程度効果があって、2.8あるいは3気圧だと非常によく炎症をおさえることがわかったんですよ。

野澤 徹
でも、それは、白血球がくっついている時ですよね。
時間がたってしまってからだと、どうなんですか。

鈴木 信哉 先生
時間が経ったあとについての病態研究はされていないので、よくわかりませんが、発症後1~2週間経ったあとでも2気圧よりも2.8気圧の再圧治療が効くことを考えると、マイクロ・パーチクルが関与する炎症が延々と続いているのかも知れません。最初から炎症をできるだけ抑えたほうがよいので、できるだけ早く再圧治療をした方が良いと思います。細胞が気泡に接触してから1時間ですでに反応が出てくるようですが、実際の臨床例を分析すると発症から2時間以内に再圧治療すれば完治する成績がよいとわかっていますから、重症の場合は、可及的すみやかに治療した方が良いですね。

野澤 徹
DANのUSの記事を読むと、重症の人はすぐに治療して、軽症の人には状況をよく聞くために電話をしなさいと書いてあります。
症状を聞いて具体的にどうするということを決めると書いてあります。
スペインで30年治療している人は、フランスの論文で、少し遅れても軽症の場合は治ると書いてありますが、そうですか?

鈴木 信哉 先生
見るからに重症である場合には直ちに治療することについては、そのようにすべきです。軽症の人は電話をしなさいというのは、一見、自分の症状が軽症と思ったものが重大な症状が出る前の状態であって時間経過と共に重症の症状が出てくることを考慮する必要があるからです。
いや~、結局、軽症の場合でも、緊急性はないかも知れませんが、放っといても治ると言われても短時間・短期間で治したいでしょうし、できるだけ後遺症を残したくないと思うでしょう。放っておくより、やはりできるだけ早めに治療したほうが良いのが原則ですね。
ただ、場所とか状況によってすぐには移動できないとか、対応できない現実もありますからね。

野澤 徹
軍隊とかは別として、レクリエーションの場合はむずかしいですね。

鈴木 信哉 先生
それぞれのダイビングをする場所や気象・海象あるいはダイビングの方法によりますが、いろいろなリスクを考えて、これだけの遠隔地の場合は、これだけの安全性をみて計画を立てることです。

野澤 徹
鈴木先生、ありがとうございました。今後とも、我々ダイバーにも豊富な知識を講演などで、是非お願いしたいと思います。

鈴木 信哉 先生
JCUEさんは、講演会などの活動をされているのですが、これは絶対やってはいけないことなど気が付かないものもありますから、機会を捉えて、JCUEメンバーの方とフリーディスカッションなどしたいですよね。
正しい知識はこうだよということを話していくことは大切だと思っています。

山中 康司
僕は、とても恵まれた場所にいますが、そうではない人もたくさんいますので、酸素は置いておいた方が良いということは言っていきたいですね。

鈴木 信哉 先生
今、ダイビングコンピューターに依存した潜り方になっています。
自分で減圧表を引くということが大切です。
1本目は良いですが、2本目は必ず自分でテーブルを引いて潜って頂きたい。この考え方は重要です。ダイビングコンピューターに頼り過ぎないようにしてほしいですね。

山中 康司
鈴木先生、今日はどうもありがとうございました。

編集後記

勝田 麻吏江
亀田総合病院は、千葉県の鴨川市に施設がありますが、インタビューは、都内にある病院の施設で行いました。
鈴木信哉先生は、穏やかに優しく言葉を選びながら話をしてくださいましたが、ダイバーにとって、潜水疾患は一度でも潜水したらその可能性が生まれます。
長年潜っていれば、ハッとすることを経験したダイバーは、少なくないと思います。
症状が出てからではなく、ほっておくより、できるだけ早めに治療したほうが良いのが原則。と
にこやかにきっぱり話してくださったことが、胸に響きました。
お忙しい中、時間を頂き、インタビュー内容を何度も確認してくださったことを心から感謝しております。

亀田京橋クリニック『潜水専門外来』

【達人に聴く】 JCUE with 対談シリーズは以下より

JCUE SNS

LINE@で情報配信しています宜しければご登録下さい(PCから登録は出来ません)。

友だち追加
メールマガジンの登録・解除



JCUE facebook JCUE twitter


この記事が気に入ったら
フォローしよう

最新情報をお届けします

Twitterでフォローしよう

おすすめの記事