2019/5/22(木)に開催されたJCUEセミナーは、最近Newsでも目にすることがあるクジラやイルカといった海の哺乳類がストランディングすることを取り上げました。

何故、イルカやクジラなどの海洋生物が自ら海岸に打ちあがってしまうのだろう?という謎に迫ります。

講師は、国立科学博物館 動物研究部 研究主幹の田島木綿子先生、海棲哺乳類のストランディング原因について病理という観点から語って頂きました。

目次

海に棲む哺乳類は、どのような種類がいるのか

海に棲む哺乳類と書いて海棲哺乳類といいますが、どのような分類がされているのか少しお話します。

海棲哺乳類

海棲哺乳類には、クジラ、イルカの鯨目(最近は、鯨偶蹄目)、ジュゴン、マナティの海牛目、そして食肉目ではアシカ、アザラシなどの鰭脚類とラッコ、ウミカワウソ、ホッキョクグマが含まれます。

海棲哺乳類は、現在は海に棲息していますが、実は海に戻った哺乳類とも言えます。
海に戻ったとは、どういうことなのか?
クジラの祖先は、5~6000万年前に出現したことが化石種の発見から明らかになっていますが、ある時期の鯨類化石種にはまだ四肢があります。

つまり、陸上を四肢で移動していたことが想像されます。
その後、進化の過程で水辺から海に進出し、推進力を尾ビレに託した後肢は退化し、現在の流線型の体型を獲得しましたDNAの研究では偶蹄類と近縁で、特にカバと単系統であることがわかっています。
肺の気管支や胃、化石種の距骨など形態学的特徴も偶蹄類や反芻類と共通性を持つことから、現在では鯨偶蹄目と呼ばれることが多くなりました。

今回上野で開催中の大哺乳類展2でも、鯨類と偶蹄類は近くに置き、それぞれを比較して見られるようにしました。
鰭脚類は、アシカ科、アザラシ科、セイウチ科に分類され、世界中に約34種いますが、日本の周囲は、アシカ科2種(トドとオットセイ)とアザラシ科5種(ゴマフザアザラシ、クラカカケアザラシ、ゼニガタアザラシ、アゴヒゲアザラシ、ワモンアザラシ)が生息や回遊することが知られています。

海牛目は、マナティ科のアフリカマナティ・アメリカマナティ・アマゾンマナティとジュゴン科ジュゴンの4種がいます。
日本ではジュゴンのみが沖縄の海にわずかに棲息します。
海牛類は、海の哺乳類の中で唯一の草食性です。
「かいそう」と聞くと、我々は「海藻Seaweed」を想像しやすいですが、海牛類が好きなのは「海草Seagrass」であり、光合成により実をつけ花を咲かせる顕花植物のため、太陽光の差し込む浅い海域や河川域でしか生育しません。
それを主食とする海牛類も浅い海域を好みます、餌生物に多様性を見いだせないということは、生息域を広げることもできず、現在は世界的に4種しか棲息していません。
岸近くの海域はヒト社会からの影響を受けやすく、厳しい環境下で生きているのも事実です。

海棲哺乳類のストランディング

海棲哺乳類のストランディングとは、水中にいる彼らが自ら陸に乗り揚げてしまう事を指します。
生きている場合、ライブストランディング、死んでいる場合をデッドストランディング、親子以外の2頭以上が生死を問わずストランディングする場合はマスストランディング、1頭の場合はシングルストランディングとそれぞれ呼んでいます。
ストランディングは世界的に起きている現象で、国内では報告されているものだけで年間300件近くになります。
ストランディング個体を調査・研究し、様々な標本や情報を蓄積することは、日本周囲に生息する海の哺乳類に関する知識や情報の質の向上に繋がります。
国立科学博物館では、地方自治体や関係協力者(漁業者・博物館など)、研究機関とのネットワークが整備され、体系的な調査を20年以上継続しています。

何故、彼らはストランディングしてしまうのか

ストランディングの原因は諸説ありますが、全ての事例にそれらが当てはまるわけではなく、わからないことも多いと感じます。
私は、病気という観点からストランディングの原因を探求しています。
情報量の少ない動物種の異常(病気)を見極めるためには、健常な正常状態を知ることが重要です。
健康とは、正常な遺伝子構成を持つ個体が所定の外環境下で生体恒常性を維持している状態のことであり、病とは、健康から逸脱した状態(先天性と後天性)を指します。

ストランディングの原因に迫る

ストランディング個体の調査成果の一部をご紹介します。

病気

  • オウギハクジラ
    日本海側に棲息する歯クジラで、冬場によく漂着をします。この種の腎臓や尿管には寄生虫(線虫)が感染していることが多く、時に病気も併発させます。
  • アカボウクジラ
    人も罹患する動脈硬化症が発見されることが世界的にも多く、日本でも発見されています。人の場合はその原因は遺伝子や食事と言われていますが、アカボウクジラの場合何が原因であるのか、世界規模で解明が進んでいます。
  • ハナゴンドウ
    富山県で発見された個体には皮膚病が観察されました。表皮と真皮の増殖性変化を観察しましたがその原因はわかりませんでした。また、肺は限局性細菌性化膿性肺炎で下が、皮膚病変との関係は不明でした。
  • オットセイ
    青森県で発見されたメス個体では、重度の子宮内膜炎を観察しました。産業動物や愛玩動物でもよく知られた疾病で、原因菌も特定されており、このオットセイからも同様の細菌が検出されました。

事故・混獲

  • 小型歯クジラ類
    個体の外貌を観察すると、様々な羅網痕や船のプロペラによる裂傷痕などが観察される場合があります。こうした個体の内臓を観察すると、そのほとんどに病気は観察されず、胃の中には未消化な餌生物が豊富に貯まっていることが多いです。つまり、死ぬ直前まで健康に摂餌できていたことが示唆されます。ということは、漁網に絡まった、または船と衝突した結果、死亡したという外的要因を考えることもあります。
  • ナガスクジラ
    今から20年ほど前、瀬戸内海でシラス漁の網に10mのヒゲクジラが混獲し、死亡したという連絡を頂きました。シラス漁は非常に低速操業であり、その網に約10mの大型のヒゲクジラが混獲するということは何かがおかしいと思い、現地に向かいました。外観観察により、胸部より尾側体幹が極めて痩せていました。解剖を進めると、第15胸椎と第1腰椎間が大規模に骨折し、曲がったまま癒合していました。泌尿生殖器にも異常を観察したので、脊髄が損傷し後躯麻痺になった結果、低速操業のシラス網でも羅網してしまい、死亡してしまったのだろうと結論つけました。

その他

  • 新生児や哺乳期個体のストランディング
    新生児個体や哺乳期個体の単独死も多く経験します。この時期の個体は成長するために母乳が必要なため、単独になってしまうと自力で生存することは極めて困難となります。何故親とはぐれたのか?親はどこにいるのか?そこにヒト社会の影響はあるのか?など混獲や事故死の個体も含めて、その原因は今後も検討していかなければならないと考えています。
  • 絶滅危惧種のストランディング
    日本周辺のコククジラは、北西太平洋個体群として絶滅危惧種のトップであり、その棲息域は、ロシアから中国、韓国、日本の海域に渡り、現在はわずか150頭ほどしか確認されていません。全てのストランディング個体を調査したいところですが、コククジラのような絶滅危惧種がストランディングした場合は特に、可能な限りの調査を遂行し、多岐にわたる情報収集を世界に発信することが求められます。
  • 珍種のストランディング
    タイヘイヨウアカボウモドキは、希少鯨類の1つで世界でも殆どその外貌は見られたことがありませんでした。科博で作成した「世界の鯨」ポスターにも、以前は点線で描かれていたほどその生態は不明な鯨種でした。そのクジラが、2000年に鹿児島県に、2007年には函館市にそれぞれストランディングし、その調査結果は世界中に発信されました。その1つが、世界で初めてこのクジラの外貌がイラスト化され、世界の鯨ポスターの点線だったタイヘイヨウアカボウモドキがイラストとして掲載されました。世界で90種ほど知られている鯨類のうち日本周辺にはその約半分の40種が生息または回遊すると言われているが、ストランディング個体を調べているとこうした貴重な種と対面できることもある。

日本でのマスストランディング

1960年から2014年までの日本における大量座礁を種別でまとめると、カズハゴンドウ、マッコウクジラ、スジイルカがトップ3です。
その中でもカズハゴンドウの発生率は非常に高く、春先に発生します。
さらに、親潮と黒潮の合流域と関係があることが推測できる、茨城県波崎町や千葉県銚子市周辺での発生が多い傾向にあります。
しかし近年では、2017年種子島に国内初となるシワハイルカ13頭が、宮崎県では国内2例目となるユメゴンドウ7頭がそれぞれマスストランディングしました。
こうした傾向の変化は、海流や地形変化の動向も検討しながら、未知の要因へも注意を払うことが重要です。

博物館としての機能

博物館では、こうしたストランディング個体の調査結果から、多種多様な標本を収蔵し、彼らの様々な情報を集約し、研究や展示、教育普及活動に活用しています。
情報量の少ない野生個体の場合、その教科書作りをしていることに他ならず、ストランディング個体は宝の山と言えるでしょう。

鎌倉市・由比ガ浜にシロナガスクジラが漂着

2018年8月、鎌倉市由比ガ浜にシロナガスクジラの幼体が漂着しました。国内初事例として、新江ノ島水族館、神奈川県立博物館、鎌倉市や神奈川県と協力体制の元、調査チームを編成し調査を実施しました。

現場では、外貌観察(寄生虫、生殖器でオスと判明、ヒゲ板の形、背ビレの特徴、ウネの数など)と外部計測を実施し、翌日に場所を移動して解剖を行いました。
全身骨格を含む各種研究標本採取と死因解明のための内臓調査を実施しました。
その過程で、胃内に小さいプラスチック片も観察しました。
その後の調査で、その材質は「ナイロン6」であることがわかりました。
実は、日本の他のストランディング個体の胃の中からも、ヒト社会由来のプラスチック性異物はすでに多く発見されており、シロナガスクジラのこの小片を見ても、あまり驚かない自分がいました。

しかし、この個体をきっかけに、神奈川県では迅速に「プラゴミゼロ宣言」を発令し、マスコミ等の反応を含め、この事実は世間的に非常にインパクトがあることを知りました。
海ゴミと聞くと、その発生源は海岸ゴミをイメージする方が多いようですが、実はその7割は川から流れてくる街のゴミのようです。
クジラの胃から大量のゴミが発見されたというニュースは、ここ最近非常に多くなっており、その注目度が伺えます。
まずは現状を真摯に受け止め、そこから何ができるのかを各自で考えていくことが大切なのではないでしょうか。

また、プラスチックゴミのように目には見えないですが、その脅威は計り知れない環境汚染物質、その中でもダイオキシンやPCB、DDTなど残留性の高い物質は2001年5月にストックホルム条約によりPOPs(Persistent Organic Pollutants、残留性有機汚染物質)として定義され、私はこのPOPs の影響評価について長年研究しています。
これらの化学物質は農薬、難燃剤、船艇塗料としてヒト社会が使用しているものですが、それらは川や土や雨を介して大量に海へと流れ、海洋生態系の食物連鎖を介して、頂点に君臨する海の哺乳類の体内に高濃度に蓄積されていることが知られています。

環境汚染物質(POPs)と海棲哺乳類

日本沿岸には、体長2mほどのスナメリという小型の歯クジラが棲息しています。
このイルカは、肺・翼状骨(頭の骨の中)・肝臓にそれぞれ寄生虫が見られます。
寄生虫は、宿主と共生をしながら生きていきます。
しかし、ストランディングしたスナメリを調べると、重度の寄生虫性肉芽腫性肺炎で死んだ個体を、特に幼体で多く経験します。
そこで、スナメリ肺線虫症感染レベルを<重度・中等度>と<軽度・感染なし>の2グループに分け、POPsの蓄積度合いと相関性があるかどうかを検討しました。
その結果、重度の個体群では、臭素系難燃剤である有機ブチルスズの蓄積度と正の相関性を示しました。
有機ブチルスズは実験室レベルですが、生体に高濃度に蓄積すると、免疫低下を引き起こすことが知られています。
ブチルスズが高濃度に蓄積したストランディングスナメリの体内でも免疫低下が引き起こされ、寄生虫肺炎が重度化したことがわかりました。これは国内初の報告となりました。

また、POPsは脂に溶け込みやすい性質を持ちます。
そのため、メスでは母乳に高濃度に蓄積してしまい、母親自身に蓄積したPOPsは、母乳を介して我が子へ移行します。
個体本来の免疫機能も確立されていない幼体に、高濃度のPOPsが母乳を介して移行されるダブルパンチを受けた結果、寄生虫感染症のような日和見感染症も重度化し、死に至ってしまうのです。
もともとPOPsを作り出したのはヒトであり、我々の気づかないところで、海棲哺乳類の生存に負の影響を与えている事例を経験すると、複雑な心境になります。

ここ最近、海洋のマイクロプラスチック問題が非常に世間に騒がられるようになりましたが、海の哺乳類におけるマイクロプラスチックの影響評価を推進した研究はまだありません。
既に、海水や魚類を対象とした研究は始まっておりますので、海の哺乳類についても可及的速やかに取り組んで行かなければいけないと思っております。

まとめ

今回、ストランディング調査・研究の第一人者である田島先生から、興味深いお話を伺う事ができました。参加者の皆さんからは、「もっとじっくりとお話を伺いたかった」「また田島先生のセミナーを開催してください」と切望の声が上がっておりました。

世界には、90種近くのクジラが知られており、その約半分が日本周囲に棲息または回遊するので、クジラ好きや研究対象とするには日本はとてもいい場所だそうです。
ストランディング報告を受けると、全国を駆け巡りながら調査・解剖をされている田島先生は、『ストランディング個体は、情報の宝庫です』とおっしゃいます。
死因を探り、基礎情報を蓄積することの大切さ、またそこから新たな発見や応用、未来のいのちにつながる研究となるのです。
国立科学博物館上野本館で開催されていた、『大哺乳類展2』で展示されている標本や情報のほとんどは、ストランディング調査から得られたものばかりとのこと。
死んだ彼らが、また違った意味で生かされている貴重な展示です。

最後に田島先生は、『これからも彼らの現状を知るために、ストランディング調査は続けていきます。海岸でイルカ、クジラ、アシカ、アザラシなどのストランディング見つけたら連絡ください! 国立科学博物館 動物研究部 田島木綿子』と、情報提供を呼びかけました。こちらも、是非ともご協力ください。

報告:山内まゆ

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