2018年5月26日(土)に、ダイオウイカ研究の第一人者の窪寺恒己先生をお招きし、非常に興味深いイカ・タコの生態のお話をして頂きました。貴重な映像を交えながら、私たちに身近な近海のお話から、人間が覗く事の出来ない深海の世界へと、お話が進むごとに参加者を引き付ける内容はドキドキ、ワクワクに満ち溢れていました。

目次

「イカ・タコの研究者」になられた理由とは…?

窪寺先生は、「幼少の頃から海洋生物が大好きで、イカ・タコの研究者になられた」と思われる方が多いでしょうが…実は、そうではないそうです。
窪寺先生は高校を卒業されてから、何をやりたいかを考えた時に「海外への憧れ」がありました。しかし、1ドル360円の時代でしたから、簡単に渡航できるものではありません。そこで、航海士になれば世界の道が開けると考えたのですが、視力の問題で受験資格からはずれてしまったそうです。その頃、フランスのジャック=イヴ・クストーの「沈黙の世界」やアクアラングという器材ができ、それを使って海の生き物を潜水して撮影をする、海の生き物って凄いな、海って面白いなと興味がわいてきたそうです。そして、北海道大学・水産類へ入学し、1年目はワンダーホーゲル部、2年目に海の事をやりたいとの事で、アクアラング部に入られたそうです。高校時代から写真撮影に関心を持ち、撮影をされていたそうですが、大学の水産学部の臨海実習所へ行った時には、写真撮影が先生の役目だったとおっしゃいます。アクアラングをどうやって水産研究に使うかを考え、安全潜水や水中カメラ撮影等も学ばれたそうです。
その後、大学院へ進学し…窪寺先生の生涯研究を紐づける辻田時美教授との出会いがありました。辻田教授は、北太平洋亜寒帯海域の生態系の構造と機能の釈明を目指し、各々の大学院生に主要な動物群を与え、研究を薦められていました。そして、「君は北洋生態系の中で、イカ類の地位と役割を明らかにするように」と指導を受ける事となったのです。
これが、窪寺先生のイカ・タコの研究へと導いた第一歩でした。

恩師との出会い

 窪寺先生が、どうしても皆さんにお話ししておきたいと言われ、ご紹介をして下さったのが、奥谷高司博士との出会い(1976年)でした。窪寺先生が院生の頃、東海区水産研究所という研究所で、日本でただ一人、イカ・タコの稚子・資源の研究をされていた研究者でした。窪寺先生は、奥谷博士に「是非とも先生のご指導を」と門を叩きました。
 窪寺先生が、北太平洋で捕獲してきたイカの稚子が、その当時知られていた種と比べてみても形が違うと思われていました。5年間研究し、流し網で獲れた大きなイカが、調べていた稚子の親だと直感し、奥谷博士と共に「ササキテガキイカ」という新種を報告されました。これが、窪寺先生が初めて記載した新種のイカです。

浅い海のイカ

 近海の浅い海では、素潜りやダイビングでイカやタコを観察できます。人間に一番近いイカは、コウイカの仲間で、比較的暖かい海に生息しています。
コウイカ、ヒメコウイカ、コブシメ等が沿岸で良く観察できるイカですが、目がW型になっており、光彩を瞼で調整することが出来ます。泳ぎは、ヒレを上手く波立たせ、前後に泳ぐことが出来、漏斗(ろうと)と呼ばれる管から勢いよく水を吐きだして、瞬時に逃げることもできるのです。特徴として、カモフラージュが得意で、岩の中に入ると見つけにくくなります。コウイカの仲間は、餌を見つけると腕を広げ、体色を変化させ2本の腕(触腕)を瞬時に出して捕獲します。この触腕は、普段は腕の付け根にあるポケットに納められているそうです。

 もう少し人間から遠いイカが、ツツイカの仲間。代表的なものは、ヤリイカ、スルメイカ、ケンサキイカ、アオリイカ、ダイオウイカもツツイカの仲間です。
 ケンサキイカやアオリイカは、岸に寄ってきて産卵をする習性がある。アオリイカが腕を振り上げているポーズを「Jポーズ」と読んでいるが、このポーズをしている時は何をしているのか?実は、腕が前にあると、前を見る事が出来ない。そこで腕をあげると、良く見えるということでイカが周りの環境を観察している時に観られるポーズなのです。
アオリイカは、触椀が出しっぱなしで、小さな魚を捕まえて食します。餌を獲る時は、腕をあげて観察、腕を伸ばして距離を測る、そして触椀を伸ばして魚を捕獲するというパターンでエサを捕まえます。非常に目が良いイカなのです。

海底に棲むタコの仲間・泳ぐタコの仲間

 タコの仲間は、非常に観察しやすく、マダコは夜になると餌を探すために巣からでます。タコは腕を使いどこに何がいるのかが判り、岩の下に隠れているカニや貝を探し出し、腕の膜でくるみこんで捕食します。
 世界で一番大きなタコであるミズダコは、北の海に生息しています。このミズダコは、タコ踊りと言われている変わった行動をすることで知られています。強い吸引力を維持するために、腕をグルグル回し、吸盤の表面を脱皮させるのです。また、エラは外套膜の中にあるのですが、エラが汚れた場合は、外套膜からヒレを出して洗ったりもするのです。
 インドネシアの温かい海に棲んでいるメジロダコは、ヤシの殻を持ち歩きます。危険が迫るとそのヤシの殻に身を入れて、蓋まで閉めてしまうのです。英語では、ココナッツオクトパスと言われています。

 非常に興味深かったのは、泳ぐタコの仲間です。アオイガイというカイダコは、腕を広げ貝殻を抱えて生活しています。この貝殻は、腕の膜からカルシウムを出し、自分で作っているのです。貝殻の中で卵を産み、孵化させるのですが保育室の為の貝殻と言って良いと思います。ムラサキダコは、海面すぐ近くで泳いでいるのですが、驚くと腕の膜を広げ、大きなマントを翻すようにして身体を大きく見せるのです。この様にして、襲われることを避けようとしているそうです。

深海のイカ

 いよいよ、深海の生物の話しと続きます。深海は、真っ暗闇で超高圧であるために直接、人間が見る事は出来ません。そのため、特殊な深海カメラを使った調査となります。
窪寺先生は、2002年9月から小笠原での調査を開始されました。調査海域に漁船で向かい、旗流し縦延縄の道具にカメラを備え付け、30回を超すオペレーションを行いました。
2004年9月30日、海底に投入した幹縄1000mに仕掛けた一番下の餌に、ダイオウイカが襲い掛かりました。撮影をし始めてから49枚目、そして50枚目にダイオウイカが映し出されたと言います。その後、4時間にわたり550枚の映像が記録されました。

この記録から、新しい発見がありました。

  1. ダイオウイカは、日中水深900m付近でエサをとっていた
  2. ダイオウイカは、今まで想像されていたよりもかなり活発な捕食者で、餌を水平方向から襲う
  3. エサを捉えるとその長い触椀を丸め込み、口のある8本の腕の付け根付近に抱え込む行動をとる
  4. ダイオウイカの長い触椀は、数時間もの間、イカ針を引っ張り、まだ自身の体を支える事が可能なほど丈夫である。一方、自分の遊泳力によりその触椀を自ら引きちぎることが出来る

 そして、2005年9月28日、小笠原の深海で撮影したダイオウイカの論文が英国の学術誌Proceedings of the Royal Society Bから世界中に発表されました。
「First-ever observations of a live giant squid in the wild」“ダイオウイカの生きている姿をとらえた世界初の観察・記録”
 このニュースは、たちまち世界中のメディアの注目を集める事となり、世界の主要な新聞で報道され、またインターネットを通じて世界各国に広く情報が流布されました。
ニューヨークタイムズの1面「It’s the catch of the day Giant squid filmed in wild for1st time 」やSCIENTIFIC AMERICAN、BBCニュース等、欧米の人達にとっては驚愕するようなニュースだったのです。
 更に、NATIONAL GEOGRAPHIC NEWSの2005年10大ニュースの第1位に、窪寺先生の記録が選ばれました。日本にとって、非常に誇らしいNewsとなりました。

新たなる挑戦、そして歴史的瞬間

 その後、2005年9月にNHK、研究者と共同してハイビジョン・ビデオカメラ(Sony, HDR-FX1)を搭載した深海用動画撮影システム・改良型を開発。ダイオウイカの動画を撮影する調査を開始しました。
 調査海域は、ダイオウイカと同じ小笠原近海、2005年9から10月にかけて、海洋研究開発機構の調査船「なつしま」で8回、小笠原水産センターの調査船「興洋」で16回、父島漁船「勇大丸」で2回、計26回のオペレーションを行い、ダイオウイカより解明されていない、ヒロビレイカの遊泳行動、摂餌行動や発光の様子を撮影することに成功。

ヒロビレイカは、ダイオウイカと同様に中深層に生息する巨大イカ類で、触椀は持っておらず、腕が8本、かなりどう猛です。餌を襲う時に、まずは腕の先端についている大きな2個の発光器を光らせて襲う映像撮影に成功。これは、深海で発光器を持っている生き物が、お互いにコミュニケーションを果たした最初の証拠となる映像でした。ヒロビレイカが相手とコミュニケーションをとるために発光器を使っている明らかな証拠となったのです。この発見も、「ヒロビレイカの捕獲行動と生物発光の観察」の論文としProceedings of the Royal Society Bへ発表し、世界的に重要な発見となりました。

2012年に小笠原で大きなプロジェクトを立ち上げ、窪寺先生は研究者グループとして参加しました。3人乗りの潜水艇「トライトン」に乗り込み、水深1.000mまで潜航しました。そして、ついにダイオウイカと遭遇!世紀の一瞬です。ダイオウイカは水深630mで現れ、餌のソデイカをしっかりとつかんだ映像が映し出されます。餌から離れたのが830mなので200mくらい一緒に潜っていったのです。映像で見るダイオウイカは、メタリックゴールドに輝き、大きな目をギョロリとさせ、その姿はとても美しくもあり神秘的な映像が繰り広げられました。窪寺先生は、人類で初めて深海で、ダイオウイカに出会った研究者となったのです。

 深海の世界は、まだまだ人類が知らないイカやタコがいます。これから、少しずつ解明されるのでしょう。窪寺先生は将来への課題として、深海性大型イカ類の分類、生活史、再生産様式などの基礎的な生物学的情報の収集が必要であると語られました。

驚きと感動の「カラー魚拓」

 セミナー後に、特別にお持ちいただいたダイオウイカのカラー魚拓を展示しました。この魚拓は、カラー魚拓の第一人者・山本龍香氏と共同制作をされた作品です。貴重なダイオウイカが水中を泳いでいる時の形状、色彩をカラー魚拓で再現することにより、生きている時のダイオウイカの姿を色鮮やかに記録して後世に残すことを目的とされたそうです。
体長6メートルの大きさと、見事な色合い、まるで生きているかの様な目は、見る者を魅了しました。作品につきましては、Webでは非公開となっているためにお見せできないのが残念です。
 窪寺先生のセミナーは、興味深いイカ・タコの生態や驚きの映像の連続で、あっという間に2時間が経過しました。会場では、カラー魚拓の前でじっくりと観察される方、先生へ質問をされる方など、感動の余韻に浸りながらの閉会となりました。これからも、窪寺先生のご活躍が非常に楽しみですね。

報告:山内 まゆ

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