9月25日オンラインセミナーが開催されました。セミナーの前半は、国立環境研究所気候変動適応センター主任研究員の熊谷直喜さんによる「こんな暑くて海の生きもの大丈夫??~2024年海洋熱波のもたらす影響」と題したレクチャー形式で、後半はファシリテーターにサンゴマップ実行委員会メンバーの宮本育昌さんを交え、聴講者からチャット機能で寄せられた質問に答えていくQ&A形式で進められました。
記録的な猛暑となった2024年は伊豆の海でもサンゴの白化が目撃されるなど、ダイバーの間でも高水温や温暖化への関心が一層高まっています。9月8日に開催告知をした本セミナーでしたが、すぐに定員の100名に達し、受付を締め切らざるを得ないほどの反響となりました。
データから見る温暖化の影響と黒潮蛇行
陸域と海域の生物はどのくらい気候変動の影響を受けているかというと、陸域では平均約60%、海域では約90%弱の生物が影響を受けています。また、沿岸生態系の更新時間スケールは、陸域生態系に比べて10年未満と短いことも特徴です。海域の生態系は、陸域に比べてより急速な変化を受けやすいです。
長期年代的な視点から見ると、テチス海(海が1つだった時代)は、気温は現在よりも平均6~8度高く、非常に暑かったです。2050年や2100年のシナリオよりもテチス海のほうが暑いのですが、問題なのは温度自体ではなく、温度上昇のスピードです。日本近海は100年間で平均1度水温が高くなっています。
世界的に見ても、熱帯から温帯に向かう強い境界流のある海域は、周辺海域よりも温暖化が早いことがわかっています。また、日本周辺海域特有の問題として、2017年秋から現在まで続いている黒潮の蛇行があります。とくに関東~北海道にかけて接近するように黒潮が蛇行していることが、近年の速すぎる“熱帯化”の要因と言えるでしょう。しかしながら、報道などの取材を受けた際、この黒潮蛇行に関しても触れているのですが、なかなか取り上げてもらえていません。
2024年のサンゴ白化(海洋熱波の影響)
日本近海の2024年夏の高水温は8月に入って、とくに中旬に急激に変化したのが特徴的です。
8月27日に沖縄本島の瀬底島で潜水観察では、サンゴの白化現象を確認しました。ただし、ポイントによって(年によっても)、白化しているサンゴの種類は違います。また潜水調査に向かう際、沖縄空港に着陸する寸前の機内からは豊見城沖のサンゴが広い範囲で白化していることも見て取れました。
さらに、南半球では2023年冬から、北半球では2024年になってから、各地で白化現象がみられています。
市民参加型調査サンゴマップの有用性
世界的にサンゴが白化した1998年、沖縄本島でも大規模白化現象が見られましたが、じつはその当時の記録がほとんど残っておらず、調べようにも当時の様子がわからないということがありました。
公的な調査としては、環境省の「モニタリングサイト1000」があるものの、調査時期は秋の終わり頃で(その頃には白化は終わっている)、情報公開されるのに時間がかかります。
それに対して、2008年の国際サンゴ礁年を機に発足した「日本全国みんなでつくるサンゴマップ」は、webベースの市民参加型調査で、投稿された情報はすぐに公開され、統計解析などにも役立つ貴重な情報源です。
これまでのサンゴマップの投稿は、広く研究者の方々に活用されています。インパクトのある事例としては、サンゴマップの投稿がきっかけで、千葉県館山に北上した南方性のエンタクミドリイシ大発見が学術論文として発表されました。他にも、サンゴの4種類の分布が北上していること、藻場がサンゴに置き換わっていることなど、様々な論文の成果に繋がっています。
サンゴマップの投稿1つ1つは、「見つけたよ」の報告だけに見えますが、それらをつなげていくと分布が見えてくる貴重なデータになります。精度は粗くても、たくさんのデータがあると、点の観察から面の推定ができ、統計モデルが作成できます。データサイエンスの解析技術も進化しています。
サンゴの白化への耐性に関しては、“適応的”という研究論文があるいっぽう、過去に大規模白化をしても再び白化するという報告もあることから、地域差もあるのでしょうが、水温ストレスとサンゴの白化の関係は変化すると考えられています。そのためにも、最新データで温度耐性情報をアップデートする必要があります。
サンゴの白化はじつはこれだけメジャーな現象なのにわかっていないことが多く、研究者や公的機関の調査だけでは限界があります。この先のサンゴを守る活動にも繋がるので、いろいろな人から情報の提供をいただきたいです。
参加者からの主な質疑応答
(熊谷先生)回復してほしいですが、なんとも答えられないですね。
(宮本さん)サンゴマップ以外にも、1998年からリーフチェック(サンゴ礁の健康診断)の活動にも携わっています。1998年にサンゴの大規模白化があったのですが、5~7年くらい経つとサンゴが海底に占める割合が元の70%くらいまで復活しているというところがありました。その一方で、15年経ってもまったく回復しない場所もあります。サンゴが復活している場所でも、サンゴの種類の構成が変わっていることはあります。また、将来的に大規模白化の発生頻度は高くなるという予測も出ています。すると、サンゴが復活できる期間が短くなることから、十分復活する前にどんどんサンゴが減ってしまう可能性があります。
(熊谷先生)まずは水温ですが、サンゴはいろんなストレスで白くなることがわかっています。日本は陸からサンゴまでの距離が近いので、濁りの影響も受けやすいですが、うっすらした濁りだと、遮光効果もあると考えられています。要因の順番としては、水温、濁り、UV、重金属、流れなどが影響していると思われます。
(宮本さん)富栄養化など様々な要因があると言われています。また、水温は高水温だけでなく、高緯度海域では低水温もストレスになると言われています。
(熊谷先生)水温の影響を減らすものは難しいですが、サンゴの養殖場などで網を張って遮光するなどは有効ではないかと思います。赤土が流れ出さないように川の上流でマルチングをしたり、植物を植えてグリーンベルトを作ったり、などの対策はできるのではないかと思います。
(宮本さん)日本サンゴ礁学会の発表を聞いた情報では、サンゴの中に残っている褐虫藻が分裂して増えるという報告や、水槽実験で、水中にある褐虫藻を取り込んだという報告がありました。個々の海中のサンゴがどうやって白化から回復しているのか、そのプロセスははっきりしていないようです。
(宮本さん)傾向として、枝状やテーブル状のサンゴは、高水温が長く続くと、塊状のサンゴより早く死んでしまうと言われています。また、ストレスの状態に強い種類の枝状サンゴも出てきたともいわれています。高水温に耐えられないサンゴは淘汰されている可能性もあると言われていますが、まだ仮説の域です。
(宮本さん)化学物質の影響についての論文はいくつか出ていますが、論争もあります。一例としては、日焼け止めです。パラオでは特定の成分が入った日焼け止めの使用は法律で禁止されていますが、まだどのくらいの濃度になったら影響が出るのかなど明確なデータはないようです。ただ、「予防原則」といって、危なそうなものは安全とわかるまで使わないというのが推奨されています。
まとめ
これからの時期、水温が下がってきてサンゴの白化現象は落ち着いてきますが、白化したサンゴが復活するのか、それとも死んでしまうのか、変化がとても気になる時期です。記憶や記録が曖昧になる前に、皆さんの目撃情報は貴重な科学的なデータになるので、ぜひサンゴマップに投稿をして共有してもらいたいです。
また、「白化している」というのは現地の事業者の方にとってはあまり発信したくないネガティブな情報かもしれませんが、「白化していない」という情報も貴重なので、ぜひ宣伝としても投稿をしてほしいです。
サンゴの分布という視点からだと「サンゴがなかった」という情報は今後活用される可能性は大いにあります。とくに黒潮の蛇行の影響で、九十九里以北での「サンゴがあった、なかった」という情報は貴重になってきます。サンゴマップは、投稿の仕方も簡単で、誰でも参加できるものなので、たくさんの方に情報提供いただきたいです。