2026年6月23日、長年ダイビング器材の設計・開発に携わって来た増谷 寛(ますたに ゆたか)さんを講師に迎え、オンラインセミナーを開催いたしました。

増谷さんは大学卒業後、株式会社ブリヂストンに機械設計エンジニアとして入社。
ゴルフボールを作るための機械の設計や海外の工場への設備導入などに携わってきました。

その後、過去に類を見ない新しい構造のゴルフボールを開発するというミッションに対して、数多くの特許を出願するなどの実績を残します。
そして、ゴルフボール開発を通じて世界一反発弾性が高いゴムや樹脂材料、ウレタン樹脂の特性などの知識を身に付けたのち株式会社タバタへと転職。

タバタではカテゴリーを問わず現行商品の多くに関り、中心となって開発した主な商品だけでも以下の通りです。

  • スノーケル 
    • SP175
  • レギュレーター
    • R500
    • S20
    • R600
    • S80
    • R1100
  • マスク
    • M2001 パラゴン
    • M1007 パラゴンS
  • フィン
    • TR
    • ハイフレックス スプリット
    • ハイフレックストライフォース
  • その他
    • レギュレーター用マウスピース
    • バンジーストラップ
    • パークゴルフ用ボール
    • 消防用防塵ゴーグル

国内向け商品にとどまらず、ヨーロッパでの規格取得や国際的に通用するレギュレーターの開発も多く手掛けてきました。

レギュレーターについて

CEマーキングとANSTI

まず、レギュレーターを推し量るうえで唯一の客観的な規格であるCEマーキングについてご説明いただきました。
CEマーキングとはEU地域内で販売・流通する製品が、安全・健康・環境保護に関する基準をすべて満たしていることを示すマークで、身の回りにある電化製品などで目にしたことがあるかもしれません。

CEマーキングの例

ダイビング用レギュレーターでCEマーキングを取得するためには、ANSTIという人工呼吸シミュレーターを用いて性能が評価されます。

ANSTI

その試験条件は呼吸速度が毎分25回、1回の換気量が2.5L、水深50m相当の圧力というもの。
健康な成人の安静時の呼吸回数が、1分間に12〜20回、1回の換気量が0.5Lと言われているので、どれだけ過酷な条件での試験かがわかりますね。

増谷さん曰く、全力で動いて息が上がっている状態の成人男性が5人で一気に吸っている様な状態だそうで、200気圧10Lのタンクが5分程度で空になってしまうほどとのこと。

そして、このANSTIを用いて試験した結果のアウトプットであるWOB曲線について解説がなされました。

WOB曲線のイメージ図

国内メーカーの実情

日本国内のメーカーでCEマーキングを取得しているのは、増谷さんの前職であるタバタ(TUSA)だけです。

ANSTIは世界的に見ても、公的な機関が所有していることは少なく、実際のヨーロッパでの試験の際はMaresの施設で試験を行ったそう。
Maresの施設だからということが関係あるのかないのか、厳しすぎるのではないかという結果が出る中、図面見た試験官がデータの方が異常であると判断し、許可を通すなんていうこともあったそうです。

CEマーキングはレジャーダイビングにとってオーバースペックである。

そんな断りを入れた上で増谷さんはこう語りました。

海外のメーカーはオーバースペックなCEマーキングのはるか上を通す。
CEマーキングを取得するということは、少なくともそれをやり切るだけの技術力があるという証にはなる。

規格が示されている以上、乗り越えようとしないのは、技術者として尊敬ができない。

CEマーキングを取得するには技術力だけでなく予算も必要なため、CEマーキングを取得していないことが即ち信頼できないレギュレーターということではないとしつつも、技術者としての気概が感じられるお話でした。

レギュレーターを車に例えてみる。

国内、海外のメーカーのレギュレーターを車に例えてわかりやすく、そして掛け値なしにご説明いただきました。

まず、国内でも広く流通している海外(ヨーロッパ)の大手老舗メーカーのレギュレータは、時速300kmオーバーでガンガン走れるスーパーカー。
それゆえに大型化してしまっていたり、変な使いにくさが出てしまったりしているものも多々ありますが、当然ながら信頼性は間違いないそうです。

増谷さんが中心となって開発したTUSAのR600シリーズはアッパーミドルクラスのスポーティGT。
本音をいえば もう少し性能向上させた 2ndステージを作りたかったとおっしゃいながらも、自信をもって高速道路を走れる性能だそうです。

国内メーカーに関して、セミナーでは実名を挙げつつご説明くださいましたが、なかなか難しい状況とのことです。

例えば老舗のA社や近年は独自の販路を持つS社の物は、型落ちの軽自動車の様な物で、高速道路を走るには心もとないのだとか。
他社製品も含めて構造を熟知している増谷さんの目には、20年前にAMFというブランドで発売されたVoit、最終的にはMaresのMR02Jとなった1stステージから進歩がない様に見えるそうです。

20年前のCEマーキングであれば通っただろうが、今だと難しいのではないか、という評価でした。

比較的広く流通しているB社に関しては、東南アジアで走っているトゥクトゥクの様に風情を楽しむものであり、高速道路に乗れるものではないそう。
ANSTIの試験に関しても、本来は水深50m相当での数値を評価するが、水深30m相当の数値でもクリアは難しいのではないかとのこと。

ただしそれも、オーバースペックなCEマーキング及びANSTI試験なので、30mに行ってはいけないということではなく、万全を期するなら…ということです。

量販店はもちろん、プロショップに関しても販路が限られ、熱狂的なファンが多くいることで知られる国内メーカー2社に関しては、大昔の360cc軽自動車、常にメンテナンスに精通したプロショップが管理してくれて成立する物だと断じます。

ただし、増谷さんもはじめはこのメーカーのレギュレーターのユーザーだったとか。

海外メーカーの実際

まず、CEマーキングを通せなければ販売すらできない環境である海外メーカーに関しては、基本的に間違いは無いそうですが、前述の通りやりすぎであることも否めないとのこと。
ただし、設計は非常に優れている一方で、増谷さんの経験上、海外メーカーの物は組み立て精度が日本に比べると劣るのだとか。

曰く、海外メーカーの物を国内の熟練したオーバーホール技術者が組み立てなおすと、それはそれは信頼のおけるレギュレーターが出来上がるのだそうです。

構造による違い

車で言えばエンジンに当たる1stステージは、スタンダードピストン、バランスピストン、バランスダイヤフラムの3種があります。

スタンダードピストンはとにかく安価。
構造が非常に単純で、その分故障の可能性も低い。
しかしながら性能が劣ることは否めず、吸い初めにドンッと空気が出てくることが特徴です。

また、タンク(シリンダー)の残圧が少なくなると、若干呼吸抵抗が強くなることもデメリットのひとつ。

日々メンテナンスをしながら、かつ安価さが重要であるレンタル向きであり、実際に、各社レンタル向けとしてラインナップしていることが多いものです。

現在主流なのがバランスダイアフラム。
過去には故障リスクが問題視されたこともありますが、25年ほど前にAQUALUNGがポペットシートの素材の"正解”を考案してから、デファクトスタンダードとなりました。

バランスダイアフラムと対をなすバランスピストンに関してはシーラカンスと断じます。
悪いというわけではなく、バランスダイヤフラムが存在する中でわざわざ採用する必要があるのか……。

しかし、そこにこだわって現代のニーズに合わせるべく、大幅な改良を続けるSCUBAPROには尊敬の念を隠しません。

一方で、そのSCUBAPROが25年前に発売したモデルであるMK5そのままの構造で、素材をチタンに変えただけのメーカーについては、少なくとも設計者としては尊敬できないそうです。

2ndステージについても構造から3種類。

ロックナット固定式の2ndステージは安さが魅力で、修理や調整も容易な一方で、レギュレーターの故障で唯一、空気が出なくなるという可能性を秘めた構造です。
オクトパスを安価に済ませるためであれば、という評価でした。

増谷さんが勧めるのはノンバランスデマンド式。
性能とコストのバランスを考えると最適だとか。

さらに高性能であるバランスデマンド式は、2ndステージ内に空気バネを設けることで、呼吸感が非常に滑らか。
これに慣れてしまうと他の物には戻れないとしつつも、お財布との相談だそうです。

こぼれ話

チタン製のレギュレーターが注目される場合もありますが、これについて優れた耐食性と軽量であることは認めつつも、果たしてそこまで大きなメリットかという問題提起がありました。

レギュレーターで劣化するのは金属部分ではなくプラスチックや樹脂、ゴムの部品であること、軽量とはいえ総重量で500g程度軽くなるだけであるためです。
チタンが高価であることと、それによって得られるメリットを比べた時に、コストパフォーマンスが高いと言えるのか、とのことです。

デメリットが大きいわけでは無いので否定をするわけではないものの、ブランド品同様、所有の喜びですね、とおっしゃいます。

また、チタン製であるからオーバーホールが2年で1回で良いというメーカーも存在しますが、これについては全く道理がわからないとのことでした。

オーバーホールについて、通常1年に1回、または100本に1回が推奨されていますが、これは最大限に粗雑に扱うユーザーを考えてのことだとか。

丁寧に使えば2~3年、さらにそこに安全係数を掛けて、その2倍程度は問題が発生しないことが多いとしつつも、どう使っているかが分からない以上は1年に1回と言わざるを得ないとのことでした。

フィンについて

フィンの推進力とは

そもそもフィンの推進力はどの様に生まれるのでしょう。
その全ては今でも解明されていないとしつつも基本は圧力差だそうです。

水を蹴って進んでいるのではなく、水を蹴ることによって蹴られた部分は高圧となる。
そしてその圧力差が推進力となります。

少なくとも、多くの水を蹴ったから進むわけでは無いという事は、車輪がついたイスに乗って大きなポリタンクを後ろに投げても進まないことからもわかります。

むしろ、ゼリーや羊羹に対して包丁を斜めに入れ、上から垂直に軽く力を加えただけでゼリーが横に動くことに、原理は近いそうです。

フルフットvsストラップ

特に国内ではフルフットフィンが人気です。
その優れた推進力の理由をフィット性に求める場合もありますが、増谷さん曰く、それであれば左右異なる足形のフィンがとうの昔に発売されているとのこと。

フルフットフィンは構造上、土踏まず付近からたわみ始めます。
ストラップでしっかりと固定されていないからこそ、適度なたわみが生まれやすい可能性さえあるのだとか。

ストラップに比べて、より足の近くから推進力が生まれ、なおかつ全長が同じなら土踏まず付近までより長くをブレードとして利用できるために性能が良いと感じるということですね。

ゴム信奉は本当か

これも特に国内ではフルフット≒ゴムということで、ゴムフィンへの評価が高いですが、ゴムとはそれほどまでに性能の良い素材なのでしょうか。

確かに添加物を加えていない生ゴムの反発弾性は非常に高いです。
しかし、生ゴムの硬度は輪ゴムの様な物で、生ゴムでフィンを成形しても、垂直に立てただけでグニャっと90度以上折れ曲がってしまう物が出来上がります。

そこで添加物を加えるわけですが、添加物を加えれば加えるだけ反発弾性は落ちます。

最も良いのはカーボンブラックという炭素由来の素材で、これであれば本来のゴムの性能を極力落とさずに成形することができますが、黒いフィンしか作れません。

グラフについて
以降、グラフは全て縦軸が反発弾性、横軸が温度です。
また、全てAIによるイメージですが、増谷さんによれば数値に大きな間違いはないとのこと。

緑が生ゴム、黒がカーボンブラックを添加した場合で、反発弾性が低下していることがわかります。

色を出すためにはプラスチックを添加する必要がありますが、プラスチックを添加すると、さらに驚くほど反発弾性は下がってしまいます。

また、ゴムの特性として、温度によっても反発弾性が変わり、沖縄の様な暖かい海であれば気にする必要はありませんが、水温15℃を下回る様な環境だと、ほとんど反発弾性を持たないことさえあります。

水色が柔らかめの色付きのもの、GULLのマンティスフィンをイメージしています。

紫色は薄い板状のもの、GULLのミューなどに代表されるフルフットフィンをイメージしたものです。
薄い板状にするために硬くなる配合をするのですが、すると、反発弾性が大幅に低下してしまうことがわかります。

赤は、国内のフィンに用いられている物は見かけませんが、一般的にはプラスチックと同様に扱われるエラストマーという素材です。
エラストマーであれば、ゴムよりも高いパフォーマンスを期待することができます。

グラフはエラストマーで硬めのゴム同等に仕立てた場合をイメージしたもので、薄い板状にしても柔らかいゴムに近い性能を発揮できることがわかります。

さらに、ウレタンは水温による性能劣化もほとんどなく、硬度も確保でき、色も自由自在、耐候性もゴムより優れた素材。

オレンジがウレタン

実際にTUSAからはウレタンを用いたSF-5というフィン(ストラップ)が過去に発売されていましたが、ウレタンは成形が難しい素材でもあり、不良率が非常に高い。
その結果として採算が合わずに、現在は一般には販売しなくなってしまったという経緯もお話しくださいました。

さらに、ゴルフボール開発で得た知見から指摘するのがアイオノマー。
フィンのブレードにちょうど良い硬質樹脂なのに、ゴムの様な構造組成を持っていて、非常に高い反発弾性を持つ特殊な樹脂です。

この材料を上手く使う事で 更に良いフィンを作れる可能性を示してくださったのが下記のグラフです。

紺色がアイオノマー

アイオノマー単体だと熱に非常に弱く、真夏に車の中に保管しているだけでも曲がってしまうので、非常に大切に扱う必要があります。

それでは量産品には向きませんが、例えばウレタンと組み合わせるなど、設計上の工夫を行うことで、新たな素材の可能性が広がるのではないかと示唆されました。

一番推進力があるフィン

増谷さんが他社商品も含め、身体を張って数々のフィンを試した結果として、最も推進力があるのはアポロのバイオフィンとのこと。
数十kgの重りをつけられた状態で前に進むことができたのはバイオフィンだけなのだそうです。

増谷さんの分析ではバイオフィンは生ゴムに必要最低限のカーボンブラックを添加しただけという素材的な優位性から、どんなキックをしても推進力が生まれるため、ミスキックがゼロになっているのではないか。
また、
材料の反発の恩恵か、キックの始動直後や切り返し前後の推力が低くなるタイミングの損失が少なく、推進力に脈動が少ない事も推進力を生む理由のひとつではないかとのことでした。

ただし、急なキックや急に止まるということには弱いため、やはりフィンは適材適所ということでした。

こぼれ話

フリーダイビングを中心にカーボンブレードのフィンが使用されていますが、スクーバダイビングにとってはどうなのか。

そもそもプラスチックはゴムの代用として工夫がされているなか、カーボンは金属の代用品です。
つまり、硬さを求めた素材であり、フィンとして使用するには非常に薄くする必要があります。

結果として、カーボンの強度の恩恵を受けられないどころか、粘りが無いので突然折れるリスクの方が強いのではないかとのことでした。

様々なことが管理された競技用としては優れているかもしれないが、様々なことが不確定で、アドベンチャーとしての要素も持つレジャーダイビングではリスクが高いのではないかとのことでした。

まとめ

開発者だからこそ、他社製品も含めて構造を熟知し、設計から素材まで知り尽くした増谷さん。
特定のメーカーに所属することが無くなったからこそ話せる本音のお話は、非常に貴重なお話ばかりでした。

ダイビングは器材に依存した活動であり、安全なダイビングのためにダイビング器材は命綱であると言っても過言ではありません。

今回のセミナーが、命綱であるダイビング器材について改めて考えるきっかけとなれば幸いです。

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