2026年3月11日、岡山大学の佐野亘先生をお迎えし、オンラインセミナーを開催しました。 今回のテーマは、私たちがダイビングやシュノーケリングで見ている「今の景色」が、どのような歴史を辿って形成されたのかを地質学的な視点から解き明かすというもの。堆積物という「タイムカプセル」から見えてきた、驚きの事実をご紹介します。

前半:佐野先生によるレクチャー

1. 私たちが見つめている「自然の本来の姿」とは

佐野先生はまず、ご自身がダイビングを始めたきっかけと、その際に抱いた疑問からお話を始められました。「サンゴ白化現象のあとの海を見て、自分が今知っている自然は、本当に“本来の姿”なのだろうか?と疑問に思った」と言います。温暖化や人間活動の影響を正しく評価するためには、人間の影響が及ぶ前の「過去の姿」を知り、現在と比較することが不可欠です。

陸上であれば、樹齢数千年の縄文杉のように、長寿な生物を通じて歴史を肉眼で体感することができます。海の中でも数百年間生きる巨大なハマサンゴなどは存在しますが、私たちが普段見ている「サンゴ礁の群落」や「広大な海草藻場」といった【生態系全体の景色】がいつから存在し、どう変化してきたのかを知るには、生物個体の寿命を超えた、数千年スケールで海底の歴史を掘り起こす必要があります。

2. 調査手法:海底の下に眠る「海の履歴書」

マングローブ林、海草藻場、サンゴ礁といった沿岸の生態系は、隣り合い、互いに繋がっています。これらの歴史を調べるため、先生方は海底にパイプを打ち込んで過去数千年の砂や泥が積み重なった「堆積物コアサンプル」を採取するボーリング調査を行っています。
引き揚げたコアに含まれるサンゴの欠片や生物の遺骸、地層の変化を最先端の機器で分析することで、「いつ、どのような環境だったのか」という海の変遷を正確に読み解いていきます。

3. 調査結果:地質学が明かす「景色の歴史」

南西諸島の島々で行った具体的な調査から、私たちが「昔からずっとそこにある」と思いがちな海のイメージを覆す、歴史が見えてきました。

座間味島・安室島(ユビエダハマサンゴの巨大群落)
幅300mに及ぶ美しい一種独占の群落ですが、堆積物の解析から、これが形成され始めたのはわずか170年前(地質学的にはつい最近)だと判明しました。元々は多種多様なサンゴが混ざり合う場所だったところへ、この種が侵入。得意の「破片分散(折れた枝が次々と定着してクローンを増やす特性)」と高い環境耐性によって、短期間で急速に拡大した非常に若い生態系であることが分かりました。

久米島(サンゴ礁から海草藻場への交代劇)
海草の葉の上で暮らす微小な生物(有孔虫)の化石を分析することで、化石に残りにくい海草藻場の歴史を復元。すると、数千年前に藻場が形成されるよりさらに下の層(古い時代)からは、良好な状態の枝サンゴの化石が多数出現しました。かつて豊かなサンゴ礁だった場所が、地球規模の環境変化(海面の高さの変動など)に伴って海草藻場へと主役がバトンタッチした歴史が証明されたのです。

生態系の繋がりと天然のフィルター
一見、変わらないように見える今の海も、地球規模の環境変化やそれに伴う地形の変化に応じて、サンゴから海草藻場、マングローブ林へと主役がバトンタッチされることで形作られてきました。
そして現在、この歴史の末に生まれた海草藻場やマングローブ林が、陸から流出する泥や砂を物理的にせき止める「天然のフィルター(緩衝材)」として機能し、その沖合にある現在のサンゴ礁を泥から守っているという、生態系同士の絶妙な連携についても解説されました。

4. 数千年の歴史が、わずか数年で消える危機

佐野先生は前半のまとめとして、現代の海で起きているサンゴの深刻な白化現象や、海草藻場の急速な減少を挙げ、強い警鐘を鳴らされました。
地質学的なデータが証明した通り、私たちが今見ている美しい藻場やサンゴ礁は、数百〜数千年にわたる地球環境の変化を経て奇跡的に維持されてきた「自然の歴史の結晶」です。しかし、これほど長い歴史を持つ壮大な自然が、人間の活動や急激な温暖化によって、「わずか数年」という一瞬で消え去ろうとしています。
「私たちが自然を大切に思い、守りたいと願うその強い動機の中に、生き物の命だけでなく、この『数千年の自然の歴史』という視点も付け加えていただければ幸いです」と、前半のレクチャーを締めくくられました。

後半:Q&Aセクション

後半は、サンゴマップ実行委員の宮本氏がファシリテーターを務め、皆様から寄せられた具体的な質問を読み上げる形で、佐野先生との間で質疑応答が行われました。

Q1:座間味の安室島にある広大なユビエダハマサンゴの群落は、なぜ一種だけであんなに広がっているのですか?ダイバーの間でもあの圧倒的な景色は有名ですが、理由を知りたいです。

佐野先生: 「堆積物の分析が明かした通り、あの群落は地質学的には非常に短い約170年という期間で形成されています。ユビエダハマサンゴの最大の武器は、枝が折れてもその破片が海底で再び根付き、急速に成長を再開する『破片分散』という能力です。台風などで枝が折れるたびに、周囲に自らのクローンを爆発的に広げていきます。さらに、高水温による白化現象に対しても他のミドリイシ類に比べて強い抵抗性を持っているため、周囲の種が衰退する中で生き残り、一種で空間を占有してあのような広大な『単一種群落』を築き上げることができたのです。」

 

Q2:世界最大の海草クローン(オーストラリアのシャークベイ)のニュースを見ました。海草がそんなに広がるのはなぜですか?

佐野先生: 「海草は種子で増えるだけでなく、地下茎(ランナー)を伸ばして横に横にと自分自身のコピーを増やしていくことができます。オーストラリアの事例は、遺伝的に全く同一のひとつの個体が、気が遠くなるような時間をかけて地下茎を伸ばし続け、あるいは飛ばされた株が再度定着するなどして、あれだけの広大な面積を覆い尽くしたものです。なぜその一個体だけがそこまで勝ち残れたのかという謎はまだ研究途中ですが、植物としての海草の持つ驚異的な生命力と拡大能力の証明と言えます。」

 

Q3:地球温暖化や環境破壊という壮大な規模の変動を前に、科学者ではない私たち一般のダイバーや市民が、海の未来に対して貢献できる具体的なアプローチはあるのでしょうか?

佐野先生: 「科学者がすべての海を毎日潜って観察することは物理的に不可能です。しかし、現地のガイドダイバーや市民ダイバーの皆さんは、日々現場の海を見ています。『去年と比べてここが変わった』『この数年でこの藻場が狭くなった』という現場の日常の気づきは、実はもの凄く価値のある一次情報です。それをただの思い出にせず、『サンゴの写真を撮って、いつ、どこで撮ったかのデータと共に記録として残す』こと。皆様が日々行うその地道な市民科学(シチズン・サイエンス)の積み重ねこそが、数十年後、数百年後の科学者が『あの時代に海がどう動いていたか』を読み解くための、世界に二つとない強力な歴史の証拠になります。」

 

おわりに:未来の科学を作る「記録」

Q&Aセクションの最後には、ファシリテーターの宮本氏が今回のセミナー全体の学びと市民ダイバーの役割を振り返り、次のように総括しました。

「サンゴの写真を撮って記録する」というサンゴマップの活動が、まさに先生のおっしゃる科学的なデータ蓄積につながっていると再確認できました。歴史を知ることで、目の前の海をより深く理解し、守るモチベーションにしていきたいですね。

まとめ

今回のセミナーを通じて、
私たちがダイビングで感動している「いつもの景色の裏側」には、数千年に及ぶ地球と生き物の壮大なドラマが隠されていました。堆積物が過去を教えてくれるように、私たちが今、サンゴマップなどを通じて残している「写真」や「記録」もまた、未来の海を守るための大切な歴史資料となります。今回の学びが、それぞれのフィールドで海と向き合う視点につながれば幸いです。

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