ダイビングをする上で、とても大切なスキルのひとつとして『耳ぬき』があります。

耳ぬきは、ダイバーだけではなく知っておくととても便利な技でもあります。
例えば、新幹線でトンネルを通過した時、高層ビルのエレベータ、飛行機で上昇・下降するときに、耳に何かがつまったような違和感を覚えたことはありませんか?この違和感を取り除く方法が耳ぬきなのです。

耳ぬきが出来ていないのに、無理して潜り障害が残る、耳の痛みやめまいなどでパニックを起こし、事故につながる可能性もあるのです。このような障害やトラブルを起こさないためにも、正しい耳ぬきのスキルを身につけなくてはいけません。

今回のJCUEオンラインセミナーでは、ダイビング業界で耳鼻咽喉科領域の第一人者である三保仁先生をお招きし、正しい耳ぬきスキルを講演して頂きます。

目次

アウトライン

耳鼻咽喉科領域に限らず潜水医学は特殊な領域であり、一般の医師が持ち合わせる知識では正確な診断・治療ができないために、後遺症になったりダイビングを辞めざるを得ないダイバーが後を絶たない。
このようなトラブルを回避するためには、ダイバー自らが正しい知識を持っていなくてはならない。
ダイビングの健康上のトラブルのうちの80%は耳ぬき不良であり、そのほとんどが解決できる。
耳鼻咽喉科領域は滅多に命には関わらないが、耳ぬき不良で死亡した事故例も実在する。
そこで本セミナーでは、耳鼻咽喉科領域の潜水医学について、耳ぬき不良を中心にお話しをする。

本講演では、上記潜水医学に関する「アカデミック編」と、メキシコケーブに限定した写真・動画をご紹介し、生物がほとんどいないケーブダイビングで、一体ケーブダイバーは何を楽しんでいるのか?についてご紹介する「ケーブダイビング編」に分かれており、およそ半分ずつの時間配分の予定である。

「アカデミック編」

アカデミック編では、

  1. 耳ぬき不良が起きると発症する障害と合併症、
  2. 耳ぬき不良の診断・治療・訓練、
  3. 内耳型減圧症、

について解説をする。

1.耳ぬき不良が起きると発症する障害と合併症

これについては、
(1)中耳腔圧平衡障害
(2)中耳気圧外傷中
(3)外リンパ瘻
(4)死亡事故

の4項目について解説する。

(1)中耳腔圧平衡障害は、潜降時に起きるいわゆる耳ぬき不良と、浮上時に起きる耳のリバースブロックがある。
前者が今回の講演主旨である。
後者は、やはり耳ぬき不良の結果に発生する中耳気圧外傷によって耳管粘膜が腫れ、その結果浮上時に耳の中の空気がノドに戻れなくなり発症するものだが、自覚的に耳ぬき不良を感じない人も含まれるが、耳ぬき治療を行うと起きなくなる。

(2)耳ぬき不良によって、耳管〜中耳腔粘膜(鼓膜の内側)が陰圧になり、内出血により粘膜が腫れ、中耳内に血液や滲出液が貯まってしまう。
重症では鼓膜穿孔を起こす。

(3)外リンパ瘻はやはり耳ぬき不良の結果生じる内耳(平衡感覚や聴力の神経)が壊れてしまう状態のことであり、ダイバーには案外多い。
軽症ではかなり自然治癒するか、軽度の後遺症で済む。
重症のケースで潜水医学を知らない耳鼻科医を受診してしまうと、突発性難聴と誤診されてしまい、後遺症を残しがちである。

(4)耳ぬき不良による死亡事故はさほど多くの報告がないが、それはダイバーの死因が分からずに全部「溺死」にされてしまうため、耳のような細かな死因は判明不可能な場合が多い。
基本的に耳ぬき不良で死亡する原因は、パニックである。
ぬけないから慌ててパニックになるケースもあるが、鼓膜穿孔や外リンパ瘻による回転性めまいによって海面方向が分からなくなって(空間失調)パニックになるケースもある。
パニックになれば急浮上による肺破裂、AGE(動脈ガス塞栓症)のリスクが生じる。
また、激しい回転性めまいが続く重症外リンパ瘻では、嘔吐によってセカンドステージが詰まってしまうケースも考えられる。
希なケースとはいえ、耳ぬき不良での隠れた死亡事故は散在する。

2.耳ぬき不良の判断・訓練・治療

「フローチャート」
指導員クラスが講習を行う現場において、全員の講習生を事前に検査する事は、現実的に無理がある。
そして、潜水医学に詳しい耳鼻科医は、日本にはほとんどいない。
よって、事前に問診(質問)などで耳ぬき不良のリスクがある方を見分けたり、講習を進めて行く中で耳ぬき不良が発生した場合の対策方法の流れを、フローチャートと手順にて解説する。
医師とは違って「診断」ではなく、指導員が見た様子や本人から聞き取りを行って、耳ぬき不良が起きていることや、講習をどのタイミングで中止すべきかなどを「判断」してゆく必要がある。
私も指導員なのでスケジュールを優先する重要性については理解するが、万一無理をして対応を誤ると、耳を壊して一生潜れない、あるいは難聴やめまいの後遺症になり訴訟、希ながら死亡事故にも繋がる。
このフローチャートにより無理がない範囲で講習を進めつつ、段階的に判断してもらうことにより、耳ぬき不良による各種トラブル発生のリスクを低減させる事を目的として作成した、指導員目線でのフローチャートと手順である。内容について以下に解説する。(講演にてチャート図を提示)

(1) 耳ぬき不良についての問診
飛行機や体験ダイビング、新幹線、山道ドライブなどでの耳ぬき不良の経験の有無を聞き、リスクの有無を判断。

(2) 地上での耳ぬき指導                     
オートマチック、嚥下法やアゴを動かす・噛みしめる、バルサルバ法の3つは、最低限紹介する。(音を指標にしないこと等の指導もここで)

(3) 浅い限定水域での耳ぬきチェック

  • 背の立つ浅い限定水域で、水面で一回目の耳ぬき
  • 頭が沈むか膝立ちぐらいで次の耳ぬき
  • 水底に腹ばいで耳ぬき

のタイミングの耳ぬきで、耳に少しも圧迫感が残らないかどうかをチェックする。

(4) 深い限定水域→海洋実習で水深3〜5mまで

  • この潜水までで、耳ぬき方法を問わず、耳ぬきに問題が起きない人はそれでよい。(ただし、強く一気に息む動作は禁止する)
  • ここまでに耳ぬき不良が発生して解決しなければ、耳を壊す前に講習を一時中止し、耳ぬき訓練を初めてもらう。

(5) バルサルバ法の訓練を開始

  • 各種耳ぬきを試してもらってもスムーズに耳ぬきができない場合、バルサルバ法しか残っていないと考えるべき。
  • オートマチック、嚥下法は持って生まれた体質で、基本的には治療・訓練ができないからである。

(6)「バルサルバ法は危険」は都市伝説              
不適切なバルサルバ法で耳を壊す事例があるために、危険だと言って指導しない医師・指導員がいるが、強く一気に圧力をかけなければリスクはないし、他の訓練可能な耳ぬき方法はない。

(7)訓練で結果が出ない場合には耳鼻科を受診(約4.1%)

  • 訓練結果が出ないケースでは、自覚症状の有無にかかわらず、近医耳鼻科でアレルギー性鼻炎、慢性副鼻腔炎といった慢性的鼻炎の検査と治療を行ってもらう。
  • すでに治療中であれば、例え自覚症状が軽くても、もっと効果が高い治療を行ってもらう。

「オトヴェント」

オトヴェントは、単に適当に鼻で膨らませているだけでは、何ら効果もなく訓練にならない。
正しい取り扱い手順で訓練を行う必要があり、それを指導員自らが良く理解しておかなくては、講習生へ指導できない。
耳ぬきの訓練方法を指導・説明することは医療行為とは言えないので、きちんと指導する。

オトヴェントの正しい使い方は、

  • グレープフルーツ大まで2〜3秒かけてゆっくりと膨らませる。(一気に膨らませない)
  • 膨らんだら、1〜2秒間同じ大きさで圧力をかけ続ける。(合計3〜5秒、平均4秒で1回のバルサルバ法を行う。)
  • この間、途中で耳に音がしてもなお息み続け、「鼓膜が膨らみきった感覚」を掴む事が大切。
  • オトヴェントで適切な手技を習得できたら、鼻をつまんで同じ要領のバルサルバ法を練習する。水中にオトヴェントは持って行けない。
  • 1日100回ほどの練習を2週間〜数ヶ月行う。
  • イヤーホッパーとは違い、自分で圧力をかけるという、一連のバルサルバ動作を訓練、習得できる。

「イヤー・ポッパー」

  • アメリカ製の医療機器で、単3電池で作動する電動ポンプ形式。
  • 細かに1秒間に数回加圧が行われるので、耳への安全性は高いが、バルサルバの訓練としてはやや不向き。
  • 徐々に圧力をかけることと、耳が抜けた感覚を掴むのに役立つ。
  • 飛行機や潜水艦では効果抜群だが、オトヴェント同様水中には持ち込めない。

オトヴェントの2000円(100回分)と比べ、約3万円と高額だが、反復して長く使える

「地上では耳ぬきができると言うが、実際に水中で耳ぬき不良が発生する原因」
(1)前日の寝不足や深酒など、体調不良
(2)極度の緊張による、口蓋汎張筋および口蓋汎挙筋の硬直
(3)耳抜きのタイミングが遅い、頻度が不足
(4)一回一回の耳ぬきで、鼓膜が膨らみきっていない(耳の音を指標にする)

(1)は簡単に解決可能である。

(2)は極度の緊張から声がうわずるという現象と同じであり、まず水慣れが必要で、解決は可能。

(3)は次のように指導する。

  • 水面で耳抜きを行ってから、潜降を開始する。
  • 水深5mまでは、50cmごとに耳抜きを行う。
  • 水深5m〜10mでは1m間隔で耳抜きを行う。
  • 水深10m以深では、適時でよい。
  • 耳抜き不良の自覚があれば、水深1.5m以浅で潜水を中止する。

(4)は、音がしてもそれは耳管が開いて耳ぬきがこれから始まる瞬間であり、音がしても耳ぬきが終わったのではない事、耳ぬきの途中で音がしても圧力をかけ続けて、鼓膜を膨らませきる必要があることを指導する事で解決する。そのために、4秒ぐらいかけてゆっくりと圧力をかけ、オトヴェントの強さまで、音がしても耳ぬきを続けることを指導する事で解決する。

3.内耳型減圧症(メニエール型減圧症)

内耳に発生する減圧症で、外リンパ瘻と症状が酷似するため、潜水医学を専門とする知識を持ってしても、鑑別が付かないケースもままある。
一般の開業医を受診してしまうと突発性難聴と誤診されがちであり、ダイバー自らが知識を持って自己診断し、専門医を探すことが必要になる。
外リンパ瘻であれば、その手術を専門とする医師を探し出し、手術をしないで済むかどうかの判断をしてもらう(最近で言えば埼玉医大は外リンパ瘻が超専門だが、内耳型減圧症を知らないのがネック)。
減圧症であれば、当然チャンバー治療施設である。

 内耳型減圧症は耳鳴り、難聴、めまいの症状が起き得るが、統計的にはめまい型が多い。
他の減圧症よりも発症が早く、エキジット後1時間以内、数分というケースもある。
もちろん耳ぬき不良の自覚はない。
外リンパ瘻と違い、水中で発症する事は他の減圧症同様、よほどの重症例でない限りまずない。
これらの症状の違いから両者を鑑別するための表についても、講演ではより詳細に解説する。

4.まとめ

  • 耳ぬき不良の原因のほとんどが技術的問題であり、イヤーポップやオトヴェントでバルサルバ法を訓練・習得できる。
  • 技術的な問題がない場合、アレルギー性鼻炎や慢性副鼻腔炎といった慢性的鼻炎が耳ぬき不良の原因のことが約4%であり、これら鼻炎治療により耳ぬきが改善する。
  • 外リンパ瘻は一度なってしまうと反復しやすく、ダイバー生命を失うことがよくある。
  • 耳ぬき不良で死亡事故に至る場合も希にある。
  • 内耳型減圧症と外リンパ瘻は鑑別診断が難しく、一般の耳鼻科医では突発性難聴と診断・治療されてしまい、後遺症になりがちである。

「ケーブダイビング編」

 ごく一部の生物しかいないケーブで、ケーブダイバーは一体何が楽しくて潜っているのだろうと、一般のダイバーからすれば疑問なことであるし、よく質問される。そこで、ケーブダイバーが一体何を楽しんでいるのかのほとんど全てを、詳細かつ具体的に解説するための写真・動画を使ってご紹介する企画である。

  • エントリーするまでの冒険
  • ケーブ内で見られる生物
  • 鍾乳石各種とそのバリエーション
  • 化石(貝、サンゴ、絶滅した動物、原始人、等)
  • 撮影会
  • 水底構造物
  • その他(侵入距離、壺、ハロクライン、etc)
  • 光と水の色・雲

これらに加えて動画では、光のカーテンのきらめき、ハロクラインの水の動き、リストリクションの通過、エクスプロアの様子などを加えてご紹介してゆく。

開催概要

開催日時

2022/4/12(火) 19:30~21:00 (19:15~受付開始)
※申し込み締め切りは、4/9(土)
※終了後は、オンラインで懇親会を開催予定です。是非とも、お気軽にご参加ください。

参加資格

どなたでも、ご参加いただけます。

参加費

JCUE正会員・一般会員・ショップ会員・学生:無料
会員以外の方:1,000円

参加方法

ZOOMというオンラインシステムを利用します。
チャットを利用してのご質問は可能です。

1. 当日のZOOMのURL/PWにつきましては、2日前に『ご案内メール』を送信させていただきます。大切なメールですので必ずご確認ください。

2. 申し込みと同時に、自動返信メールより申込確認が届きます。届かない場合には、記入メールアドレスが間違っていることが考えられます。
恐れ入りますが、申込みフォームから再お申し込みをお願い致します。

定員

100名

演者プロフィール

三保 仁 / 医師 & ダイビングインストラクター
1960年生まれ、61才。
聖マリアンナ医科大学を卒業後耳鼻咽喉科へ進むが、学生時代に始めたスキューバダイビングに没頭し、耳鼻咽喉科領域の潜水医学を専攻する。
各種ダイビング雑誌、耳鼻咽喉科学会および潜水医学など各種学会での講演、ダイバー向けの講演などを数多く依頼を受けている。
特に、今は無き月刊ダイビングワールドで7年間の連載を行った。
バリの日本人ダイバー漂流事件、タイのサッカー少年の洞窟遭難事故などで、TV出演も多数あり。
現在ダイビング歴38年で、そのうちケーブダイビングは1200本を超える。
58才で開業医を引退してメキシコへ移住し、ダイビング三昧の日々を送っている。

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