2021/11/1(月)に開催されたJCUEオンラインは、「海洋酸性化とはなにか?~海の生態系にしのびよる新たな危機~」をテーマに、木元克典氏(国立研究開発法人海洋研究開発機構 地球環境部門 地球表層システム研究センター 主任研究員)をお招きしました。

木元さんは横須賀にある研究室から登壇され、最先端の研究機器を紹介しつつ、海洋酸性化のメカニズムや将来起こりうるさまざまな可能性についてお話いただきました。

目次

地球温暖化と海洋酸性化は連動している

私たちが快適な生活をするために、石油や石炭、天然ガスなどを燃焼させていますが、このときに二酸化炭素が発生します。
人類が排出する二酸化炭素は、19世紀の産業革命以降どんどん増え続けており、この多くが大気中に残存することが原因となり、地球温暖化が進んでいます。

毎年のように、観測史上最高値という気温が記録されています。
とても考えられないような気温の上昇、温暖化が身近に感じられるようになってきました。
気象庁のデータを見ると、気温は上昇傾向にあり、地球の気温は約100年で1度くらい上昇しています。

二酸化炭素は大気中に留まるだけではありません。
放出された量の約1/4が海に吸収され、二酸化炭素は水に溶けると酸性の性質を示します。
海のpHは約8.1の弱アルカリ性ですが、過剰な二酸化炭素が海水に溶け続けると、このpHが徐々に酸性側に傾いていきます。
これが海洋酸性化と呼ばれる現象です。

海洋酸性化による生物への影響

海の中には巻貝、有孔虫、サンゴ、ウニなど、炭酸カルシウムで殻を作る生物がたくさんいます。
生き物が作る炭酸カルシウムの結晶形には、「カルサイト」と「アラゴナイト」の2種類があり、アラゴナイトはカルサイトに比べ、海水中で溶解しやすい特徴があることが分かっています。
アラゴナイトの殻を作る翼足類やサンゴは、酸性化の影響を受けやすい性質があります。

クリオネの主要な餌として知られるミジンウキマイマイ(翼足類)は、海洋酸性化の影響を受けやすい生き物です。
カリフォルニア沖では、海洋中層からpHの低い海水が表面に湧き上がります。
2014年にこのエリアに生息するミジンウキマイマイの殻に深刻なダメージが発生していることが確認されました。
カリフォルニア沖の中層水には、人為起源のCO₂が含まれていることが判明しており、人類活動が海洋プランクトンの殻に影響していることが初めて示されました。

炭酸カルシウムで殻を作る生き物たち。殻の結晶体はカルサイトとアラゴナイトの2種類がある


JAMSTECの海洋地球研究船「みらい」に乗船し、北大西洋でプランクトンネットを100mから水面まで鉛直方向に曳網し、ミジンウイキマイマイを採集した

ミジンウキマイマイは、海鳥、ニシン、サバ、サケ、タラなどの餌にもなり、北の海の生態系を支えている

ミジンウキマイマイが海洋酸性化でダメージを受けると、クリオネが絶滅する可能性が高い

私の専門は、マイクロフォーカスX線CTを使ってプランクトンなど小さな生物の形を正確に計測することです。
マイクロフォーカスX線CTは、内部構造も壊さずに見ることができるのがすごいところです。
これまで電子顕微鏡による表面の観察のみに頼っていた生物の殻への影響について、より定量的かつ客観的な計測ができるようになりました。

採集したミジンウイキマイマイをpHの異なる天然海水(0m、100m、300m)で飼育し、殻への影響を調べました。
すると、顕著な変化が現れました。
pHが高い0mでは殻にはほとんど影響はありませんが、100mではやや白濁し、300mでは溶解が始まっていました。
溶解が始まった殻をマイクロフォーカスX線CTで見ると、あらゆるところの殻が薄くなっているのが分かります。

過去にも海洋酸性化は起きていた

海底をボーリングして採集した堆積物を調べることで、遠い過去にも海洋酸性化が起きていたのが分かってきました。
5500万年前、暁新世と始新世の境界付近で、急激な地球温暖化が起きています。
日本語では「暁新世-始新世温暖化極大」と言いますが、英語名の Paleocene-Eocene Thermal Maximum を略してPETMと呼ばれます。
このPETMでは、海水温が最大で8度上昇し、海水のpHも7.4~7.5まで低下しています。

PETMでは、炭酸カルシウムの殻を持つ底生動物の多くが絶滅し、その後、海洋環境の回復には十数万年を擁していることが、堆積物の研究から分かっています。PETM前後の堆積物中の化石を調べてみると、海底に棲み炭酸カルシウムの殻を持つ底生有孔虫が最大60%、貝形虫(炭酸カルシウムの殻を持つ甲殻類)は最大64%の種が絶滅していました。

面白いことに、多くの底生動物が絶滅しているのに、浮遊性の石灰質プランクトンへの影響は少なかったのです。
その仮説として、浮遊性有孔虫は海洋酸性化の環境に適応して生き延びたのではないかということが考えられています。
PETM後の始新世の堆積物を調べると、体のサイズが小さなものが繁栄したことが見られ、殻を小さくして生き延びた可能性が示されています。
私たち研究者は、過去を知ることで、地球の未来を明らかにすることができるのではないかと解析を進めています。

ボーリングで採収された堆積物。太古の地球の環境が記録されている

予想される将来像~私たちにできること

先日、IPCC(国連気候変動に関する政府間パネル)が第6次評価報告で、「人間の影響が大気、海洋及び陸域を温暖化させてきたことには疑う余地がない。
21世紀中に気温上昇は1.5℃および2℃を超える。CO₂放出をやめてもしばらく気温上昇は続く」と発表しました。

北極海の氷は、2020年に史上最少面積の2位を記録しました。
北極海の氷が減少することの影響として考えられるのが、植物プランクトンの増加や、これまではなかったことですが魚が北極海で卵を産み繁殖すること、水面が露出することでCO₂が海水に溶け込みやすくなり酸性化が進むことなどです。
サンゴ礁では、高水温でサンゴの劣化し白化現象が頻発、生態系サービスが低下し、水産業・海洋リクリエーションへも影響するなど、経済的なダメージが生じることも考えられます。

地球温暖化や海洋酸性化の進行は避けられない見込みですが、私は、温暖化や海洋酸性化の進行を今の段階で必要以上に悲観的に捉えることはないと思っています。
人間は知恵と努力によって地球環境を回復させてきた例があります。
例えば1980年代、フロンガスの使用により南極上空のオゾンホールが大きくなることが問題になりましたが、世界的にフロンガスの使用を控えることで回復傾向にあり、2100年代にはほぼ解決すると考えられています。
人類の英知によって破壊された地球環境を回復に向かわせた一つの成功例といえると思います。

我々は智恵のある生き物ですからCO₂の排出を抑えて、今世紀末までに1.5℃、最低でも2℃の気温上昇に留めることができると期待しています。そのためには、私たち一人ひとりがこの問題について知り、回復に向けて真剣に取り組む必要があります。

開催概要

日時
2021/11/1(月) 19:30~21:00 

参加資格
どなたでも、ご参加いただけます。

参加費
JCUE正会員・一般会員・ショップ会員・学生:無料
会員以外の方:1,000円

開催方法
ZOOM

定員
99名

講師プロフィール
木元 克典
国立研究開発法人海洋研究開発機構
地球環境部門 地球表層システム研究センター 主任研究員

著書(共著)
・日本の海産プランクトン図鑑(共立出版)

・深海―極限の世界 生命と地球の謎に迫る(講談社ブルーバックス)

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