12月4日オンラインセミナーが開催されました。セミナーの前半は、産業技術総合研究所 地質情報研究部門 主任研究員の井口亮さんによる「強いサンゴの不思議について考える~生物としてのサンゴの多様な生き様から~」と題したレクチャー形式で、後半はファシリテーターにサンゴマップ実行委員会メンバーの宮本育昌さんを交え、聴講者からチャット機能で寄せられた質問に答えていくQ&A形式で進められました。
なお、9月25日には、今回のセミナーと同様、サンゴマップ実行委員会主催、NPO 日本安全潜水教育協会(JCUE)共催で「こんな暑くて海の生きもの大丈夫??~2024年海洋熱波のもたらす影響」(スピーカー:熊谷直喜さん)のオンラインセミナーが実施されました。サンゴの白化にまつわる事象はまだ解明されていないことも多いのですが、一連のセミナーはそれぞれの分野の研究者の方々が、最新のデータを基に丁寧に解説くださる貴重な機会となっています。
ストレスに強い「スーパーコーラル」とは?
今回はミドリイシ属サンゴを中心にした研究の紹介をします。産総研では2008年頃から海洋酸性化の研究に注力しています。過去280ppmだった海水のCO2濃度が、現在は400ppmにまでなり、近い将来600ppmになることは確実と言われています。海水が酸性化するとサンゴの骨格の石灰化は低下し、サンゴの成長が妨げられます。でもじつは酸性化にも耐えうるサンゴがいることがわかってきました。同じように白化に強いサンゴがいることもわかってきています。私がもっともよく潜水調査をしていたのは2016年です。この年も大規模な白化現象があり、瀬底島でコユビミドリイシの18群体を定点観察しました。その年の9月に観察を始めた頃はほとんどが白化していましたが、同じ種類なのに、個体によってその後回復するものもあれば、そのまま死滅してしまうものもあり、半々くらいでした。このストレス耐性の違いは何が理由なのか? 遺伝的に“個性”が決まっていると言われています。
また褐虫藻は、遺伝的に全く違うタイプのものが複数種類いることがわかっています。当時クレードA~Hまでの褐虫藻が報告されて、現在はI~Jも加わってそれぞれのクレードに属名もついていますが、クレードDの褐虫藻を持つサンゴはストレス耐性に強いです。しかし、2016年に観察した18群体はどれもクレードCの褐虫藻で、Dを持つサンゴはいませんでした。また当時の文献調査では、日本のサンゴはほとんどがCでした。沖縄ではミドリイシ属の親サンゴサイズからはクレードDは見つからず、日本海側などで見られるキクメイシモドキというまったく違うグループのサンゴなどにしかいませんでした。
それが、最近、琉球大学の酒井一彦先生が恩納村の海人から「暑いところでも元気なサンゴがいる」との情報を得て調べたところ、クレードDを持つコユビミドリイシを発見しました。
クレードDの褐虫藻を持つサンゴがストレス耐性に強いことはわかっていますが、クレードCを持つ同じ種類のサンゴでも、ストレス耐性に強い・弱いというレスポンスの違いが出る原因はいまだに解明されていません。
また、クレードDを持つサンゴはストレス耐性に強いですが、クレードCを持つサンゴのほうが成長しやすいというエネルギーのトレードオフ関係も報告されています。ミドリイシ属のサンゴは一斉産卵で広く分散するという特徴があるので、遺伝的にクレードDを持つサンゴだけがどんどん強くなって増えていくということはなく、涼しいところで生き延びたサンゴと交流して、世代を経ると遺伝的には弱くなっていく場合もあると考えられます。様々な環境で生息できる遺伝的多様性の維持こそが、重要になってくると言えるでしょう。
蓄積リンはサンゴ石灰化を阻害する
今年もたくさんのサンゴが白化して、サンゴが大幅に減少することを懸念されているかたも多いと思いますが、サンゴは供給源を守れば、それなりに増えることが期待できます。サンゴは食用ではないので、ある程度の加入があれば、3年くらいで回復しているパターンの報告もあります。ただし、シラヒゲウニやシャコガイ、タコ類などの海洋生物資源は1970年代以降ずっと減ったままでまったく増えていません。何かできることはないか?根本的な解決策をと考え、砂が汚れて生き物がいきにくくなっているのではないか?と仮説を立てて、北里大学・琉球大学・国立環境研究所との共同研究プロジェクトを始めました。その中で、蓄積型栄養塩(リン)が高濃度で底質に付着しているとサンゴが育ちにくいという実験結果が得られました。ということは、他の生き物にも影響があるのではないかと考えています。そこで蓄積リンも石西礁湖などの調査での測定項目として新たに加わりました。またリン酸塩の濃度が高い条件では、サンゴも白化しやすいという報告もありますが、まだ野外での報告はありません。
参加者からの主な質疑応答
(井口さん)まず補足ですが、リンが多いと白化しやすいというのは現時点ではまだ室内レベルです。窒素(硝酸など)が多いと白化しやすいのは2011年くらいから論文も複数出ていて定説になってきていますが、野外ではこれから実証という段階です。「リンじゃなくて、一緒に流れてくる農薬や重金属では?」とも、よく質問されます。リンの除去方法は現時点ではまだわらからないのですが、リンがどこから来ているのか、トレースして供給源を抑えるという陸域対策が今できることかなと思います。リンが蓄積している場所では陸からの有機物供給が多い場所であることが多く、有機物による水質悪化もサンゴの生育環境を悪化させていると推定しています。琉球大学の安元純先生は地下水の高精度の水循環モデルを作っていて、地下水から沿岸域に流れる栄養塩を可視化しようとしています。
(井口さん)リンが蓄積するのは、炭酸カルシウム(砂や岩盤など)に化学的に吸着するからですが、吸着したリンは比較的簡単に海水中に脱着します。底質にリンが蓄積している場所は、それだけ陸からの供給が多い場所ということです。北里大学の化学専門の安元剛先生らが室内実験で詰めているところです。また、炭酸カルシウムでない砂のリン濃度は低いことがわかっています。
岩盤清掃は、その観点からは興味深いです。岩盤をガリガリして藻を除去するとサンゴの幼生が岩盤に付着しやすくなります。リンがたくさんあると藻がどんどん生えてくるかもしれません。その藻を除去していけば、将来的にはリンの除去に繋がっていくのではないかとも考えられます。
(井口さん)海中のリンは測定がとても難しく、検出限界となることが多いです。そのため過去は窒素と比べると注視されてきませんでした。ただ、蓄積リンが高いところの海水はリンの濃度も高く、リンクはしているようです。
(井口さん)リンの起源は場所によって異なりますが、畜産排泄物の有機物や養殖場の排水が主な起源と考えております。安元先生たちは、人為的に二酸化炭素と海水から炭酸カルシウムを作る技術を持っていて、農地で堆肥などに予め混ぜて吸着させれば、リンの溶出を抑えられるのではないかと模索しているようです。
(井口さん)おそらくクレードDの褐虫藻を持っているのだと思います。ただ、クレードDを持っているとなんでいろいろな場所に生息できるのか、はっきりした理由はまだわからないです。高水温でも低水温でもクレードDの褐虫藻が対応しています。対極的な現象なのに出てくる褐虫藻は同じクレードDというのが不思議です。クレードDの褐虫藻がなぜ強いのか、はっきりしていないようです。
(井口さん)北に行くとほとんどのキクメイシモドキはクレードDの褐虫藻というのは先行研究で示されています。クレードDを持つサンゴが高水温に強いというのは、今回の発表ではミドリイシ属の話に限ります。違う種類のサンゴだと、そうした説が当てはまりにくこともあるかもしれません。サンゴの話となると、よくミドリイシ属の研究で一般化されてしまいがちなのには注意が必要です。
(井口さん)恩納村にいるクレードDの褐虫藻を持つサンゴは、親サンゴ(産卵できるサイズ)の話をしました。小さい頃のサンゴは、じつはいろんな褐虫藻を取り込むことが確認されています。それが大きくなっていくと特定の褐虫藻しか持たなくなるようです。ミドリイシ属サンゴの場合は大きくなると、褐虫藻のタイプが途中で変わるということは様々な研究からあまりないように思います。クレードDとクレードCのサンゴが受精したらどうなるか?はまだわからないです。1点補足すると、クレードDを持っているのは強いのですが、私どもの観察では、クレードCを持っていても、強いのと弱いのがいる点です。Sacsinという遺伝子が関係しているような論文もあるのですが、はっきりしていません。同じクレードCでも強い・弱いの個性があります。もう少しその理由が解明できれば、各地域での白化や回復のパターンなどの分析の精度が上がるのではないかと期待しています。
(井口さん)飼育実験では共通の環境下で行いますので、環境要因は統一した条件で行っていますが、それでも反応の個性が出るので、環境要因よりも遺伝的なバックグラウンドのほうが強いのではないかと考えられます。
全体的に白化するものもあれば、部分的に白化していくのもあります。また色も多彩で、個性が出ます。白化時には裏側に褐虫藻が残ったりしていますが、そこからどうやって戻っていくのか、個体と個体の間でどうやって褐虫藻が広がっていくのかがまだわかっていません。
(宮本さん)
塊状のサンゴだと上部だけが白化しているということもありますが、ミドリイシの場合は光が強いところからというよりは、割と全体が同じように、もしくは斑の場合は斑で白化が進んでいくということでしょうか?
(井口さん)
ミドリイシは全体的に白化していくことが多い印象ですが、斑で進行したり、裏側の褐虫藻だけが残ったりもします。同じサンゴ群体で白化の程度が異なるのは、同じゲノムでもエピジェネティックス(※)な変化が起きているという説もあります。サンゴは寿命が比較的長いと考えられますので、クローンの細胞でもエピジェネティックな現象が部分的には起こるのではないかと思います。クレードDの褐虫藻を持っているサンゴは確実に強いのですが、クレードCを持っていても強さに違いがあるのは、エピジェネティックスや共存する微生物(※)の違いなどいくつかの要因があるのかもしれないと考えています。
(井口さん)それもまだ実例がないので、わかっていないんです。サンゴの有精生殖をして雑種を飼育しなければなりませんが、そこまでできていません。
(井口さん)サンゴ礁は基本的には酸素濃度が高く、貧酸素の影響はないと言われていましたが、最近はその影響も懸念されているようです。とくに湾など水温の垂直での交じりがないところだと貧酸素の影響も懸念されるようです。
まとめ
沖縄出身の井口先生は小さい頃から海に親しみ、オーストラリアのJames Cook Universityでサンゴの遺伝子研究で博士号を取得後、琉球大学熱帯生物圏研究センターで潜水調査や飼育実験などもされてきました。さらに沖縄工業高等専門学校で教鞭を執っていた際には、サンゴ以外にも沖縄の生物資源などを活用したデータサイエンスの研究に携わられ、今でも幅広いネットワークをお持ちです。時間が足りずご用意いただいたスライドすべての説明はかなわなかったのですが、参加者からは「早送りしたスライドにあったオーランチオキトリウム(石油を作る藻類)とサンゴには何か相関がありますか?」など、質問内容も多岐に渡りました。
研究者の方々とダイバーを含む市民をつなぐ調査研究活動が2008年から始まった「日本全国みんなでつくるサンゴマップ」です。ダイバーが各地で潜って撮影したサンゴの写真を目撃した場所と日時とともにwebサイトから直接入力するシステムです。これらのデータは、研究者の方々も貴重な情報源として研究活動に役立てられています。2024年の夏は各地で高水温が続き、サンゴの白化が目撃されてきました。すでに状態が変わっているサンゴもあるかもしれませんが、夏場の情報も貴重なので、ぜひお手元の観察データを写真とあわせて投稿してください。
日本全国みんなでつくるサンゴマップ
https://www.sangomap.jp/
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