世界各地で大型海洋哺乳類を撮り続ける海洋フォトジャーナリスト・越智隆治さんをお迎えして、「クジラ、イルカ、タイガーシャークetc.大型海獣の魅力と撮影秘話」が開催されました。
JCUEセミナーで越智さんに講演していただくのは今回が初めてとあって、会場には満席の100人近い方々が参加。
約1ヶ月のスリランカ取材を終えて前日に帰国したばかりという越智さんは、多忙ななかこの日のために準備を整えてくださったそうで、海のパッションや生き物の躍動感あふれる作品たち、写真集や写真展では発表されない秘蔵カットなどを交えてたっぷりと語ってくださいました。
冒頭ではまず、水中カメラマンとして取材に出向きながら、ご家族も一緒にいろいろな場所を旅されている、自身のライフスタイルからお話しいただきました。
「小さい頃から、父親が仕事で海外に行くときに家族も一緒に連れていってくれることが多く、自分もそんな生き方がしたいと思っていました。
加えて、今の家族観や子育てに大きく影響を受けたのが、『センス・オブ・ワンダー』(レイチェル・カーソン著)というエッセイです。
そこには『知ることは感じることの半分も重要ではなく、子供には知識を与えるよりも、自然と触れ合いながら感性を育てることのほうが何倍も大切である』といったことが綴られていて、その思想に深く感銘を受けたんです。
僕だけでなく妻もこの思想に共感していたこともあって、子供にはいいものを身につけさせるよりさまざまな経験をさせたいと、家族で旅をするスタイルをとっています。
最初は、長男が生後3ヶ月のときにフロリダのマナティーに会わせに行きました。
息子はほとんど寝ていたので何を感じられたかはわかりませんが、このときとても感動する出来事がありました。
というのも、僕も妻も初めての子育てに不慣れで、狭い船上でオムツを替えるのにアタフタしていたら、船に同船していたアメリカ人家族のお母さんが『慣れているから私に任せて!』と、息子のオムツをテキパキと替えてくれたんです。
赤の他人の子供なのに、自分の子供のように優しくしてくれた彼女の姿が、今でもすごく印象に残っていて。
そのとき、僕も自分の子供だけじゃなく、他の子供たちに対しても分け隔てなく思いやれる人間になりたいなと感じたことを覚えています」
以来、メキシコのジンベエスイム、オーストラリアのアシカスイム、ヤップ島やバハマなどを旅してきたというご家族の心温まるエピソードに、思わず顔をほころばせながら聞き入っていた会場の皆さん。
そんなハートフルな冒頭に続いて、ライフワークである大型海洋哺乳類たちとの撮影秘話、自身が企画開催するスペシャルトリップの様子を紹介してくれました。
いくつかストーリーをピックアップすると……
バハマのフレンドリーすぎるイルカたち
「バハマ・ドルフィンサイトには20年近く通っていますが、なかにはとても触られ好きなイルカもいます。
何度も肩を叩かれて後ろを振り向くと『私も撮ってよ!』と顔を覗き込んでくる子や、ものすごい勢いでカメラに突っ込んできて画角に入りきらない子も(笑)しょうがないから手で頭を押し戻して、『ちょっとそこにいてくれ!』と手を離すもまたレンズに突っ込んでくる、の繰り返し。イルカというより、チョコボールのキャラクターみたいな写真しか撮れないときも多々あります(笑)」
トンガのザトウクジラ
「トンガでは、昨年の個体識別でザトウクジラの親子が45組ほど確認されています。
彼らを観察していると、とてもシャイなお母さんもいれば、まったく動じない肝っ玉母さんもいる。
好奇心旺盛な赤ちゃんもいれば、お母さんの影にいつも隠れているシャイな子、わんぱくな子、といろいろなキャラクターが見えてきます。
トンガは2004年から通っていますが、最近はザトウクジラの姿を撮影するというより、それぞれに個性あふれるクジラたちがどんな行動を垣間見せてくれるのかが楽しくて仕方ないんです」
メキシコのバショウカジキ
「今では有名になりましたが、メキシコ・ムヘーレス沖で、多いときは100匹ものバショウカジキがイワシの群れに捕食を仕掛けるシーンが見られます。
が、残念なことに最近は群れの規模が小さくなってきている印象もあります。
はっきりとした原因は分かりませんが、バショウカジキに遭遇できる確率も2013年までは7割近くだったのが、2014年以降は3割前後。
遭遇できるか否かは運にもよりますが、ツアーでは最低5日間滞在していただくのが理想かなと思います」
スリランカのマッコウクジラ
「行ってきたばかりのスリランカでは、マッコウクジラに合計200頭くらい遭遇できました。
この海域では最高500頭もの群れが報告されていますが、今回は僕が5年通ったなかでも最多でした。
ただ、大型生物の撮影には“ウ◯コ問題”もつきものなんですが、マッコウクジラはとくに深刻で(笑)彼らは餌を効率よくとるために排泄をしてから深海に潜っていくので、その回数も他のクジラに比べて多いんです。
彼らにとっては当たり前の生理現象なんですが、いい感じで撮れたなと思っても排泄物が煙幕のように映り込んでいると、カメラマンとしては辛い。
となると、いかに排泄させずに撮影をするかも一つのテクニックです。
彼らは臆病なので、こちらが勢いよく向かっていくとビビって排泄するようにも感じます。
なので、どれだけ慎重に寄っていくかが上手に撮る方法かも、って普通はしないちょっと変なアドバイスですが(笑)」
他にも、ニューカレドニアでジュゴンに激しく熱い求愛を受けたり、6年前に始めたバハマのタイガーシャーククルーズでは撮影だけでなく素手でフィーデイングまでこなしているのだとか!
ユーモアたっぷりなお話とともに、次々とスクリーンに映し出される大型海獣たちの表情は、迫力満点ながらもどこか越智さんに心を許しているような無邪気さも滲み出ていました。
そんな講演の締めくくりに登場したのは、越智さんが今一番会いたい幻の白鯨、アルビノのザトウクジラです。
「オーストラリアの東でよく見られているんですが、できればいつか水中で会ってみたいですね」
今セミナーにはスペシャルトリップに興味津々の方はもちろん、度々ツアーに参加しているリピーターやファンの方々も多く参加されていました。
「ツアーに参加したいという方をお断りしたことはなく、泳げない子がいれば一緒に泳ぐ練習をしたりしてできるだけ面倒を見ています」と、誰に対しても心を尽くされる越智さん。
会場の誰もがそのお人柄、そして海洋生物たちとの触れ合いにますます惹かれていた様子です。
最後に参加者からの質問を受け、「実は今回、もう一つお伝えしたかったことがあって」と切り出しながら、ネット社会の問題点について以下のように触れられていたことも印象的でした。
「今はFacebookなどで誰もが情報を発信できるようになり、日本だけじゃなく世界中に拡散していく時代です。
そのため、昔は情報がゆっくり広まっていったのが、今ではいっきに広まり、そこを訪れる観光客数も急増している……それが現場にいるとよく分かるんです。
問題は、ルールが整備されないうちに人が殺到して、アプローチの仕方も決めずに入られること。
今回のスリランカで出会ったマッコウクジラも、以前に比べてやたらと逃げていく個体が多くて、僕らはだいぶ離れた場所からエントリーして待機せざるを得ませんでした。
観光客が殺到することに対してはとかく「禁止」で対応されがちで、僕が通う各地でもどんどんルールが厳しくなっています。
海に関心を持ってもらいたい、生き物たちと交流できる海を伝えたいとは思いつつ、Facebookなどに載せることでいっきに多くの人が来ることを考えると、自分のやっていることにどこか矛盾を感じてしまうのも正直なところです」
講演後にお話を伺うと、「こうした懸念もあって、僕のツアー情報は自分のWebサイトには掲載するけれど、積極的に営業宣伝をしないようにしているんです。そもそも大物海洋生物は少人数じゃないとアプローチが難しいし、なによりも生き物への配慮がとても大切なので」とも話されていました。
セミナー冒頭で、「自分の子供だけじゃなく、他の子供たちに対しても思いやりを持ちたい」と語って下さいましたが、それは人に限らず海の生き物に対してもなんら変わらないスタンスで、地球上に暮らす仲間たちを優しく、対等な眼差しで見つめ続ける越智さんの姿勢に、改めて静かな感動を覚えたセミナーでした。
講師プロフィール
越智 隆治
1965年、神奈川県生まれ。慶應義塾大学文学部卒業後、産経新聞社写真報道局に入社。
9年間の勤務を経て、フリーの海洋フォトジャーナリストに。
以来、大物海洋生物をテーマに世界中の海を舞台に撮影を続けている。
スキューバダイビングと海の総合サイト「ocean+α(オーシャナ)」(oceana.ne.jp)の運営に携わり、バハマでタイセイヨウマダライルカと泳ぐクルーズなど、世界中の大物海洋生物と泳ぐツアーも多数開催する。『WHALE! クジラ! 大写真集』(二見書房)、『まいごになった子どものクジラ』(小学館)、『イルカと友達になれる海』(小学館)など著書多数。